冬場の血圧変動による病気 (院長)
夏のような暖かい日々から、秋を飛び越して寒い冬となりました。高血圧で通院中の方の血圧記録を見せていただくと、夏場と比べると収縮期血圧が10mmHg程度は上がっている方が多いようです。今回は、寒い冬を安全に過ごすための方法を皆さんと共有したいと思います。
*血圧管理に関しては病院ブログ“血圧130を超えたら(2023年5月7日付)”も併せてご参照下さい。
Ⅰ. 温度差による血圧変動
人間には気温に左右されずに体温を適正に維持する機能があります。寒い時には末梢(手足の)血管が収縮して熱を逃さないように、暑い時には末梢(手足の)血管が広がり熱を放出するように働きます。血液の量は変わらないのに、血管が急激に収縮したり拡張したりするので、血圧が上下するのです。
Ⅱ.ヒートショック
気温の変化による血圧の変動(上下)によって心臓や血管の疾患がおこることをいいます。65歳以上に多く、好発時期は11月~2月です。疾患としては、脳内出血、大動脈解離、心筋梗塞、脳梗塞などです。朝晩の寒暖差の大きい日は要注意で、特に最高気温と最低気温との差(日較差)が10℃以上あると危険とされています。
Ⅲ.冬場の循環器疾患
循環器系疾患による死亡数は12月・1月の冬場が多く、夏場のおよそ1.5倍です(資料1)。冬場に致命的ともなり得る心筋梗塞や狭心症が多い理由としては、やはり“寒さ”による血圧上昇や大きな寒暖差による血圧の急激な変動が考えられます。
【人口動態調査より、死因:循環器系の疾患(2020年度)】
Ⅳ.入浴時の循環変化と事故
わが国では他国と比べて高齢者の浴室での溺死事故が多数です(資料2)。欧
米では入浴はシャワーが主ですが、わが国では湯船に浸かることが日常的です。皮肉なことに,この伝統的な入浴スタイルが事故につながっています。
東京都健康長寿医療センターからの報告(資料3)では、入浴時には次の3つの変化があります。
①脱衣:脱衣室の室温は通常低いので、血圧は上昇します。
②浴槽内:温熱効果による末梢血管の拡張等により,血圧低下,心拍数・心拍出量の増加が起こります。高齢者では血圧低下による脳血流の低ドに より失神して溺水,転倒するというような危険性があります。
③出浴:出浴直後は起立性低血圧を起こしやすく、血圧低下が持続すると脱衣室や居間で転倒,失神する場合があります。
入浴中の心肺停止症例:全国47都道府県の比較(資料4)では、発生件数の少ない上位2地域は沖縄県と北海道です。このことから,気温よりも室内の温度,空調が入浴事故の発症に深く関係していることがわかります。
まとめ
・寒い冬を安全に過ごすには、急激な寒暖差を避けることが第一です。室内の温度調節も必要ですが、外出時には十分な服装を準備しましょう。特に朝方は血圧が高めとなります。屋外での散歩やラジオ体操に行かれる方は暖かい格好で出かけて下さい。室内でも寒い場所(トイレなど)への移動時には注意が必要です。
・入浴では風呂の温度は熱すぎないこと(39~41℃位)が基本です。長湯をしないことも重要で、特に過去に失神歴のある方では本人、家族共に注意して下さい。
・高血圧で通院・内服中の方は普段の血圧が安定しているので、冬場でも極端な血圧上昇をきたすことは稀です。私の外来では、収縮期血圧が160以上まで上昇した方では薬剤の増量や追加を考慮しますが、実際には稀です。
・夏場に比べて明らかな血圧上昇がみられる方には、早めの受診をお勧めします。
参考
(資料1)人口動態調査(2020年度)、死因:循環器系の疾患
(資料2)Lin CY, Wang Y-, Lu T-H, et al. Unintentional drowning mortality, by age and body of water: an analysis of 60 countries.(和訳:60か国における溺死に関する年齢と水域からの検討)Inj Prev. 21; 2015: e43–e50.
(資料3)鳥羽梓弓、桑島巖.冬場に多い入浴中の事故 ―ヒートショックの現状と病態.日本医事新報4827:2016;48-53. (資料4)高橋龍太郎,他:わが国における入浴中心肺停止状態(CPA)発生の実態一47都道府県の救急搬送事例9360件の分析一.2013(報告書).
2023年11月19日
石川 進