急性大動脈解離 (院長)
急性大動脈解離は突然発症し、一刻を争う死亡率の高い危険な病気です。寒くなると様々な病気が増えてきますが、第一弾として私が長く関わってきた大動脈解離に関して記載します。教科書的な内容となりますがご容赦下さい。
Ⅰ.急性大動脈解離とは?
大動脈は心臓から出る最も大きな血管で、全身に酸素に富んだ動脈血を送ります。通常の太さ(正常径)は、胸部で3.0 – 2.5 cm、腹部で2 cm前後です。
急性大動脈解離(解離性大動脈瘤)では大動脈の内側の壁に亀裂ができて血液が侵入し、縦方向(血流の方向)裂けて(はがれて)進展します。大動脈は2つの腔に分かれ、それぞれのルートに血液が流入します。
急性大動脈解離
心臓に近い上行大動脈に亀裂あり
大動脈の壁が薄い外膜だけで維持されている状態になり、そこに血圧がかかると、外膜が破れて出血することがあります。
一方、真性大動脈瘤は大動脈の壁の全層が慢性に拡張するものです。通常は無症状ですが、大動脈瘤が大きくなって破裂すると急激な血圧低下(ショック)となります。
Ⅱ.急性大動脈解離の原因と発症時期
危険因子の第一は高血圧で、急性大動脈解離を起こした人の70~90%に高血圧の持病があるといわれています。血圧の急激な上昇に伴って血管が裂けて、突然の激しい胸部痛や背部痛で発症します。痛みは血管が裂けることによるものです。季節でいうと、冬場に多く夏場に少ない傾向があります。時間帯では日中、特に6~12時に多いと報告されています。
Ⅲ.急性大動脈解離の危険性と診断方法
手術に至らずに亡くなる方も多い病気で、日本での調査では急性大動脈解離で死亡した患者さんの61%が病院到着前に死亡しています。病院では、まず胸痛・背部痛の原因を調べます。突然の激しい胸痛で発症する命に係わる病気としては、急性心筋梗塞と大動脈疾患があります。最初に心電図をとり心筋梗塞の可能性を調べます。次に行うCT検査で大動脈疾患やそれ以外の病気(肺や腹部)を探します。大動脈解離の裂け目が心臓に近い場合には、心臓超音波(エコー)検査で診断がつくことがあります。
Ⅳ.急性大動脈解離の治療方法
大動脈の亀裂(解離)が心臓に近い場合(スタンフォードA型)では緊急手術(人工血管置換術)が必要です。手術成績は改善傾向にあり、近年の手術死亡率は10%前後となっています(資料1)。しかし、手術などの治療を行わなければ48時間以内に約50%の方が死亡すると報告されています(資料2).
大動脈の亀裂(解離)が心臓から遠い場合(スタンフォード B型)では、原則として緊急手術は行わず、保存的治療(安静・血圧管理)となります。
Ⅴ.急性大動脈解離の手術
手術は人工心肺を使用して心臓を止めて(心停止下に)行います。脳や全身の臓器を保護するため、通常は体温を下げて(低体温で)手術します。大動脈の裂け目(入口)を含む範囲の大動脈を切除して、人工血管に置換します。裂け目が脳血管の入口に及んでいる場合には、脳への血管も人工血管の枝で置換します(下図)。
手術所見:人工血管置換
おわりに
・急性大動脈解離は血圧の急激な上昇に伴って起こります。特に、血圧が高いにも関わらず通院していない(未治療高血圧)の方では危険性が高く、若い方(40歳代)でも発症します。これからの季節、血圧の高い人は、血圧管理に十分に気を付けて下さい。
*血圧管理に関しては、病院ブログ“血圧130を超えたら(2023/5/7付)”をご参照下さい。
・心臓血管外科医として働いていた頃、夜間・休日の緊急手術の大半は急性大動脈解離でした。手術に参加する外科医、麻酔科医、看護師、臨床工学技士(人工心肺担当)にとっては一刻を争う緊張する手術ですが、無事に終了したときの達成感を皆で共有することができました。
・急性大動脈解離による著名人の突然死のニュースが時々伝えられていますが、直近では歌手のもんたよしのり氏(72歳)が10月に亡くなりました。彼のバンドによる“ダンシング・オールナイト”(1980年)は私の大学時代の思い出です。過去には、石原裕次郎氏、加藤茶氏が手術により生還しています。
(資料1)大村篤史.2020年度本邦における大血管外科の現状.日本心臓血管外科学会雑誌 2021;50:220-223
(資料2)岡田 健次.大動脈瘤・大動脈解離診療ガイドライン2020 年改訂版.日本血管外科学会雑誌 2021;30:251–257
2023年11月13日
石川 進