先日、国立がん研究センターは、がん診療連携拠点病院等の全国院内がん登録に基づくがん5年生存率を公表しました(図1)。
地域によってがん診療を取り巻く環境は大きく異なります。地方では、地域のがん診療拠点ががん診療の最後の砦としてあらゆる患者を引き受け、治療に当たります。したがって進行度は概して高く、同じ病期(ステージ)でも合併症併発などで治療リスクの高いがんを治療対象とすることが少なくありません。そこが都心のがん診療拠点とは異なる点です。
そうした違いはあるにせよ、全国のがん診療連携拠点病院のデータを集めてがん診療の実態を公表する意義は大きいと言えます。
今回の発表の元データは膨大です。臓器別、ステージ別、都道府県別、各施設別に細かく提示されています。全体のデータを臓器別に改めて生存率をまとめ、生存率良好から不良まで順位付けした表が新聞各紙に載りました(図2、筆者加工)。

これによると5年生存率が高い臓器は前立腺がん、乳がん、子宮体がんです。それぞれ治療の進歩があるとしても、概してがんとしてはタチがいいから、と言えます。一方、ワースト1〜3位は膵臓、胆嚢、肝臓です。膵臓がんが厳しいがんであることはこのブログでも取りあげました(2019/7/17-18)。

2019年7月17日  「3人の運命 その後」
2019年7月18日  「膵臓がんの新たな薬物療法」

胆嚢がんが今回の発表でワースト2位になっているのは残念です。胆嚢がんの3人に2人は胆石が絡んでいます。胆石の検診や診療が適切に行われていれば、胆嚢がんの早期発見・早期治療が可能で治療成績はもっと良くなるはずです。肝臓がんの発生母地は主に肝硬変です。肝硬変の肝臓では1つのがんを叩いてもまた肝臓の別の部位にがんができる傾向があります。きりがないのかもしれません。肝硬変では肝機能が悪いため手術に制限があるのも成績不良の要因です。しかし、肝硬変の原因となる肝炎ウィルス感染症の予防と治療が大幅に進んでいます。今後、肝臓がんは激減することが予想されます(ただし、最近は脂肪肝由来の肝硬変が増えており、脂肪肝由来の肝臓がんは増加すると思われます。栄養過多は要注意です)。

何れにしてもワースト3に肝胆膵のがんが入ってしまいました。
消化器外科領域は、食道や胃を扱う上部消化管外科、大腸・肛門を扱う下部消化管外科、そして肝臓・胆道・膵臓を扱う肝胆膵外科の3つに大別されます。
胃がんが日本に多かった時代は上部消化管外科が花形でした。やがて大腸がんが急増してくると下部消化管外科が隆盛してきました。肝胆膵外科のがん手術は難しく、手術死亡がたくさんありました。しかし、その後、手術の安全性が高まり、手術自体の成績は向上しました。上部消化管、下部消化管に遅れはしましたが、肝胆膵外科はやがて消化器外科の中で一大勢力を築くに至りました。

40年前、私は消化器外科の専門性を決めるとき、上部にするか、下部にするか、肝胆膵(当時は胆膵)にするか散々迷った末、肝胆膵にしました。当時の消化器外科は、日本が世界のトップを走っていた上部消化管外科の全盛期でした。下部消化管外科は、一歩進んでいた欧米からの教えを受け日本に定着し始めた頃です。肝胆膵は未開の領域でした。膵臓は「暗黒の臓器」と言われていました。未開だから、暗黒だからこそ面白い、と思ったのは事実です。もう1つ大きな理由は、惨憺たる膵臓がんを外科手術で治せないか、という思いがあったからです。

残念ながら私の思いは達成されていません。しかし、肝胆膵がん手術の安全性が胃がんや大腸がんの手術に匹敵するようになったのは誇れると思います。がんの最終的な治療成績向上が今後の課題です。予防の普及(生活習慣の改善が肝胆膵がんの予防にも役立ちます)、検診の進歩(肝胆膵がんは超音波検査で意外と早く見つかることがあります)、そして新たな治療の発展(薬物療法、ゲノム医療など)に期待したいと思います。
がんばれ、肝・胆・膵!

図1

図2