新型コロナウイルスは変異を繰り返しながら、第1波から現在の第8波まで感染流行をもたらしてきました。
2020/4から当院でも新型コロナウイルスのPCR検査を実施することができるようになり、発熱外来で多くの患者を診断してきました。
2023/1/7までの2年9ヵ月のデータをまとめてみました(図1)。
発熱外来での診療総数は4042人、うちPCR実施が3715人でした。なおPCRには核酸増幅法(NAAT)(いわゆる院内PCR、当院ではNEAR法)も含んでいます。PCR陽性は1056人、陰性は2659人でした。COVID-19と診断されたのはPCR陽性1056人以外にも抗原検査のみ施行で陽性となった271人と「みなし陽性」とされた56人が含まれます。合計1383人でした。
「みなし陽性」は典型的な症状があり、家族に確診例がいるとき、検査を省略して陽性と判断したものを言います。子供で検査が難しい場合や検査試薬が足りなくなった場合に「みなし陽性」と診断することがありました。そうした例は最近ありません。
なお2023/1/7に新型コロナとインフルエンザAとの同時感染が当院の発熱外来で初めて確認されました。
日本では2020/2から現在まで8回の感染波があります。第1波のとき当院ではPCR検査ができず、発熱外来も立ち上げていませんでしたので診察例はありません。第2波以降は陽性例を経験するようになりました(図1の②〜⑧)。昨年10月中旬から第8波が訪れています。
2021/4/19すなわち第4波の途中から、外注PCR検査でウイルスの一部の遺伝子変異が分かるようになりました。遺伝子変異は新型コロナウイルスの変異種を同定するのに役立ちます。外注PCRで判明したウイルスの特徴を経時的に図示したのが図2です。
第4波ではアルファ株が主体でした。遺伝子変異の特徴はN501Yです。N501Yとは、ウイルスのスパイク蛋白の501番目のアミノ酸がアスパラギン(N)からチロシン(Y)に変わったことを意味します(2022/1/24ブログ参照)。
第5波はデルタ株でした。遺伝子変異はL452Rでした(452番目のアミノ酸がロイシン(L)からアルギニン(R)に変化)。
第6波からオミクロン株になりました。オミクロンは従来のアルファやデルタとは比べ物にならないほど遺伝子変異の数が多くなりました(アルファやデルタの遺伝子変異は10-15ヶ所、オミクロンは35ヶ所ほど)。
第6波の特徴は、前半ではオミクロンBA.1、後半では同BA.2だったことです。今までのように遺伝子変異が出るたびに新たな感染波が出現するのではなく、同じ波の中で移行していったのです。
BA.1は69番目と70番目のアミノ酸の欠失が特徴的でした(Δ69-70あるいはdel 69-70と表記(2022/1/31ブログ参照)。図3ではH69-・V70-と表記)。そのためS遺伝子が検出できませんでした(緑字・緑枠)。一方、BA.2はこの欠失がなく(つまり元に戻っているため)S遺伝子が検出されます(赤字・赤枠)。
第7波はオミクロンBA.5出現で突然始まりました。BA.5はBA.1と同じく69番目と70番目のアミノ酸の欠失があります。そのためS遺伝子が検出されません。
現在の第8波は、第7波が落ち着き始めた2022/10中旬から感染者数の再増加で始まりました。第8波の特徴は、最初BA.5ばかりで第7波と変わっていなかったことです。ところがまもなくBA.2の特徴である69番目と70番目のアミノ酸の欠失を持つウイルスが出現して来るようになりました。このBA.2の特徴を持つウイルスはBA.2としてよいのか。悩んでいたところ、BA.2系とも言うべき新たな変異が出現しているとの情報が出てくるようになりました(図3)。BA.2.12.1、BA.2.75、XBBと呼ばれる一群です。XBBはグリフォンというニックネームが付いています。グリフォンは上半身が鷲(あるいは鷹)、下半身がライオンというギリシャ神話の生き物とされます。
一方、BA.5にも亜系統が出現してきました。代表例がBQ.1です。BQ.1にはケルベロスというニックネームがあります。ケルベロスはギリシャ神話に出てくる3つの頭を持つ冥界の番犬だそうです。
グリフォン、ケルベロスなどおどろおどろしい名前がなぜ付けられるのかよく分かりません。図3には載せていませんが、遺伝子変異が元々の株にさらに加わっていることから名付けられたのではないかと推測します。
第8波はこうしたオミクロンのBA.5系とBA.2系との混在がみられています。2023/1/7の時点では、BA.5系が主で、BA.2系はなお少数です(図2)。
外注PCRは、以前も述べましたように(2022/1/31ブログ)ORF1ab・S・Nの3つの遺伝子を検出しています。ORF1ab遺伝子とN遺伝子は新型コロナウイルスの根幹ですので常に検出されます。S遺伝子はスパイク蛋白(ウイルスの抗原性と侵入性に重要な蛋白)に関係しますが、69番目と70番目のアミノ酸の欠失の無し・有りで検出されたり、されなかったりします。
このS遺伝子の動態は臨床現場でかなり役立っています。
今回の年末年始の院内感染では、1つの大部屋でクラスターが発生すると同室者全てがBA.2系だったことがあります。同時期、別の大部屋ではBA.5系ばかりでした。したがって同室内での感染拡大だと分かります。さらにCt値(2022/1/24ブログ参照)を読むと、誰が最初に感染し、最後に感染したのは誰かが推定できます。
感染した職員についても調べると、BA.2系とBA.5系とに分かれ、Ct値も様々だと分かります。
こうして感染経路をおおよそ推測することができます。犯人探しが目的ではありません。感染防止に役立てるのが第一義です。
図1.
図2.当院発熱外来での外注PCRで陽性と判定された全症例。表の最初の列は年月日(210419は2021/4/19のこと)、その隣の列はN遺伝子(アルファ株ではE遺伝子)のCt値、その隣の列はアミノ酸配列異常または遺伝子の特徴を略記。N501Y+(青)はアルファ、L452R+(赤)はデルタ、緑字「S遺伝子なし」はオミクロンBA.1・BA.5(系)、オミクロンの赤字「S遺伝子検出・そのCt値」はBA.2(系)と推測される。丸数字は感染波、横棒は各波の始まり。
図3.新型コロナウイルス各亜型の遺伝子変異(S領域の一部)*。一部改変、編集、追記あり。緑字・緑枠は69番目と70番目のアミノ酸の欠失あり、赤字・赤枠は同欠失なし。
* https://covariants.org/shared-mutations