新型コロナウイルス感染症の第6波は今年の年明けから半年、ようやく終焉を迎えようとしています。先週の当院発熱外来でのコロナ陽性者は1名のみ、陽性率は5.6%(1/18)でした。もう少しで陽性者ゼロになると期待していました。
しかし、第7波が始まっているという報告が出始めています。東京都の新規感染者数は前週の1.4倍という報道もあります。
当院発熱外来での外注のPCR検査結果が私のところには翌日届きます。
一昨日6/29に提出した検体で久しぶりに1名のコロナ陽性者が出ました。
新型コロナウイルスのPCR検査はORF1ab・S・Nの3つの遺伝子で同定されます(2022/3/10ブログ参照)。ウイルスの変異種によってこの3つの遺伝子の発現が異なります。アルファ株ではORF1ab+・S-・N+、デルタ株ではORF1a+・S+・N+、オミクロンBA.1株ではORF1ab+・S-・N+、オミクロンBA.2株はデルタ株と同じORF1ab+・S+・N+です(2022/3/10ブログ)。従って、そのときの世界の流行状況を知れば、現在、どの株(亜型)が流行っているか当院のような中小病院でも知ることができます(図1)。
6/29検査提出の陽性者の遺伝子変異を見て身構えました。オミクロンBA.2の特徴であるORF1ab+・S+・N+ではなく、ORF1ab+・S-・N+だったからです。オミクロンBA.1が舞い戻ってきた、あるいは、アルファ株が超久しぶりに現れた可能性も完全には否定できませんが、世界のデータを見ると、新たな亜型の出現を意味します。すなわち、オミクロンBA.5(可能性は低いがBA.4)が遂にやって来たことを意味しているように思えます。
ドイツの雑誌シュピーゲル(オンライン版)ではコロナウイルス変異種の動きをコッホ研究所のデータに基づき毎日伝えています。今年5月以降、ドイツではオミクロンBA.2の次にBA.4が現れました。しかし、BA.4はあっと言う間にBA.5に置き換えられました。6/23時点のデータが図2です。ドイツではオミクロンBA.2とBA.5とが新規感染者のほぼ半数ずつを占めているのが分かります。
オミクロンBA.4およびBA.5の特徴について2022/6/27のNature Medicineはこう伝えています。
「BA.4とBA.5のスパイク(S)蛋白配列は同一であり、BA.2ともほぼ一致する。ただし、BA.2と異なるのはdel 69-70があることである」。
del 69-70については以前もこのブログで解説しました(2022/1/31ブログ)。確認のために再掲します。なお冒頭のオミクロンは、今で言うBA.1のことです。
「オミクロンのもう1つの特徴はS1の中でもNTD領域にもそれなりの変異があることです。この領域はウイルスの抗原性に関わっています。とくにオミクロンで注目すべきは69番目と70番目のアミノ酸の欠失です(Δ69-70あるいはdel 69-70と表記)。なぜ注目するかと言うと、このアミノ酸欠失をもたらす遺伝子変異が新型コロナの検出に重要なS遺伝子に関わるからです。すなわち「S遺伝子検出せず」という結果になるからです」。
同じ2022/1/31のブログでオミクロンBA.2についてこう述べました。
「当院ではBA.2と思われるオミクロンはまだ見つかっていません。海外ではBA.1からBA.2に置き換わりつつあり、日本でもその傾向がみられるという報告を目にするようになりました。
このBA.2はSGTFがないがために、通常のPCRによる3つの遺伝子検索(ORF1ab・S・N遺伝子)だけではデルタ株との鑑別がつきません(両方ともORF1ab+・S+・N+)。この鑑別がつかないことからステルスオミクロンというニックネームがつきました。「ステルス」と聞くと、ステルス戦闘機のようにレーダーの検知を逃れる、つまり新型コロナで言えばPCR検査を逃れる、という印象を持ちます。が、ステルスオミクロンは通常のPCR(正しくはSARS-CoV-2 RT-PCR)できちんと検出できます。オミクロンの特徴だと思っていた「S遺伝子検出せず」が当てはまらないというだけです。アミノ酸配列の変異を調べればデルタ株(L452R)でないことは明らかとなります。
オミクロンの亜型BA.2は、BA.1よりも毒性や感染性が強まっているのではないかという懸念が一部にあります。しかし、世界の多くの報告によれば、BA.1とBA.2とは臨床的に大きな差はないようです。BA.2は抗原性に関わるNTDの異常(Δ69-70というアミノ酸欠失)がないため逆に抗原性が増し、従来の新型コロナウイルスワクチン(S蛋白が標的)や既感染による中和抗体の効果が「期待できる」という考えもあります。その点では、毒性は弱いと言えるかもしれません。また、感染侵入に関係するRBDに大きな違いがないため、BA.1とBA.2とで感染性に差はないのではないかと推測されています。
「ステルス」という言葉に騙されない、ということのようです」。
久しぶりの「S遺伝子検出せず」はオミクロンBA.5ではないかと考えるのです。
図1.当院発熱外来における新型コロナウイルス変異種の変遷(2021/4/19〜2022/6/29、各欄の左列は検査年月日、中列はN遺伝子のCt値、右列は遺伝子変異の種類[オミクロンBA.2ではS遺伝子のCt値も併記])。日本における新型コロナ流行のいわゆる第4波はN501Y(青)のアルファ株、第5波はL452R(赤)のデルタ株、第6波前半は「S遺伝子なし」(緑)のオミクロンBA.1亜型、第6波後半は「S遺伝子あり」(赤)のオミクロンBA.2亜型による。直近2022/6/29の1例は「S遺伝子なし」(緑)であり、オミクロンBA.5亜型と思われる(詳細は本文)。
図2.ドイツにおける変異種の変遷。新規感染者に占める変異種の割合(シュピーゲル・オンライン版2022/6/30/14:13より引用)。出典:RKI 2022/6/23。RKI: Robert-Koch Institut ロベルト・コッホ研究所。