前回、敬寿園七里ホームを訪ねたとき、車椅子に乗ったまま入れる大きな浴槽を見て、「今度入ってみたい」とつぶやいたことを書きました。
つぶやきにはわけがあります。
36年も前ですから、私が30代半ばの頃です。公立の老人専門病院に勤めていました(病理の研究部門)。
あるとき、私自身が非A非B型肝炎(今は主にC型肝炎のことを言いますが、私の場合は薬剤性肝炎だったとのちに判明)に罹患し、同じ病院に特別に入院させてもらいました。
肝機能が悪いといっても、軽い黄疸ぐらいしか自覚症状がなかったので、「入院しながら仕事(研究)もできるかも」と考えたのです。これが良からぬ考えだったことは、やがて分かりました。
しばらくして肝機能が少し落ち着き、入浴を許可してもらいました。その病棟には、ローマ風呂のような大きな浴槽と広い洗い場があるのを知っていました。
裸になり浴室に足を踏み入れた途端、固まりました。ナースステーション側がガラス張りで丸見えだったのです。カーテンも、仕切りも、ヤツデの葉っぱも、何もありません。女性看護師がカルテ記録をしながら視線を時々こちらに向けます。
考えてみれば、高齢者の浴室での転倒、浴槽内での溺水は珍しくありません。老人専門病院ならやむを得ないと瞬時に判断しました。堂々と振る舞うしかないと居直りました。
後年、この場面を思いおこすたびに、あとからでもよいから「あれはひどいよ」となぜ言わなかったのか、忸怩たる思いがしました。
ともかく時代は変わりました。よい方向に変わりました。プライバシーが守られるようになりました。
「ああ、この風呂なら入ってみたい。」
このつぶやき、わかるでしょ!?