日本外科学会第122回定期学術集会(2022/5/2ブログ参照)の「外科学の未来を拓く03:世界で活躍する外科医からのメッセージ」は、若い人だけでなく私にとっても刺激的でした(下図)。
日本を離れ、海外で夢を追い求め、夢を達成した外科医の話です。外科医に限らず医師となった者が一度は見る夢かもしれません。
アフリカの医療支援を話された川原尚行先生の話は少し違っていました。大使館の医務官としてアフリカに赴任したのがきっかけで、「大切なのは何か」、「金ではない」と考えるようになりました。スーダンの巡回診療に関わり、「医を届ける」ことにこだわり、「誰もがどこにいても健やかに生きる」ことを願い、実践されて来られました。
海外で成功を収めるのは大変なことです。研究でも大変ですが、異国の人に対する手術を生業とする外科医がポジションを獲得するのは、さらに大変なことです。
「成功者」の言葉をいくつか挙げてみます。
「分野によっては日本の方が進んでいるので海外にわざわざ行くことはない」、「コネも大切だ」、「エリートとしての自覚を持て」、「短期間で圧倒的な症例数を経験できる」。
このセッションを聴くきっかけは遠藤睦子先生からのメールでした。1年前、オランダでの肝胆膵外科の修練のために日本を発ちました(2021/4/8ブログ参照)。自力で切り開いた道を歩む遠藤先生。手術、回診、カンファレンス、論文執筆などで忙しい毎日を送っている様子を報告してくれました。
給与のことを聞いたところ、次のような返信が届きました。
許可を得て紹介します。
1つのサクセスストーリーの裏には多くの苦難があることが分かります。これから夢を実現しようとする若者、それを支援する「上の者」にとっても貴重な証言だと思います。
「去年6月末からずっと無給で働いていましたが、先日Porte教授から「6月から払います」と言って頂きました。もともと教授からは、昨年勤務を開始した段階で、私より1年先にフェローを開始した子が今年6月からスタッフに昇格するため、1人分のフェローの給料に空きがでる、もし私が1年間で成長を見せがんばっていれば、その予算から給料を出そうと思う、と言われていました。しかし、3カ月毎にフェロー指導者の先生と面接があり(教授とは異なる正規の肝胆膵外科の常勤医の医師です)、3月の面談で「君が過去に経験している手術の件数からみても、実力をみてもオランダの外科レジデント2年目のレベルだから、ここで2年フェローをしても将来、肝胆膵外科医になれるとは到底思えない。UMCG(フローニンゲン大学医療センター)でフェローを終了した段階でも、再度フェローとしてどこかに応募できる技量には到底達するとは思えない。正規のフェローのポジジョンがあくのに、そのお金を君に払って、オランダ人を雇わないなんてことはありえない」と言われて、かなりショックを受けました。
Porte教授は「自分の一存で正規フェローの予算からあなたに給料を払うことはできないが、払うべきでないと誰かが意見を言ったとしても、最終的にはスタッフ全員の意見を聞く必要がある」と言ってくれました。他のスタッフ医師に私の勤務態度や手術の様子を聞いて下さり、最終的にスタッフミーティングで、どうやら多数決で、給料を払う方針が決まったようです。
なので、6月から12月まではフェローの予算から支払われ、来年1月から4月までの給料は、教授の研究費の余りから支払ってくれるとのことでした。
私は正式なオランダ医師免許がないので、正規のオランダ人よりは給料は低いそうですが、正式な額は振り込まれてみないと分かりません。
無給の悪い所は、人権が守られないことだと感じました。本来今年の4月までがフェローの期間だったのに11月いっぱいで辞めた子は、有給を消化するため10月中旬までしか勤務していませんでした。次のフェローを応募しても2人しか応募がなく、募集期間を延長して最終的に新しいフェローが来るのが今年の1月からでした。そのため、11月と12月は私ともう1人のオランダ人のフェロー2人で、肝移植のオンコールをまわさないといけなくなっていました。ところが、彼女はそもそもコロナワクチンを接種しておらず、それとの因果関係は不明ですが、コロナに感染してかなり重篤化し3週間勤務できませんでした。週末の当番も2週連続のはずが、彼女が不在のためフェロー担当の医師から「彼女の分もカバーしろ」と言われ、3週連続で週末当番を担当しました。また、勤務は8日連続勤務、1日休みを3回繰り返しました。本来は肝移植のオンコールを2日連続したら2日 compensation day(振替休日)という休みがもらえるはずです。そういったことが全く考慮されません。無給のため人権が守られていないと思いました。でもそのおかげで、11月と12月にあった肝移植はほぼ自分の勤務中だったので、たくさん参加できたというメリットはありました。
また、夏休みも3週間もらえるはずでしたが、8月と9月にそれぞれオランダ人フェローが休暇をとったため、私の夏休みは10月ということになっていました。ところが1人が急に辞めることになり、しかも10月も有給休暇を使う権利があるとのことで不在になったため、私の夏休みはなくなりました。私は学びに来ているので、状況を受け入れました。12月は1週間休みを組んでもらったのですが、ロックダウンで全てが閉まっていたため、どうせどこにも行けないのであれば、7日の内2日間を臓器摘出術のシフトに組み込んでもらい同行しようとしたところ、フェロー担当に「君に1週間休暇を与えるため、常勤医はフェローの分も働くことになっているんだ。臓器摘出には行くな。ただ休め」と言われてしまいました。」