医療事故の定義は医療者側の過失の有無を問いません。過失の有無に関わらず十分に調査する必要があるからです。
予期せぬ死亡に至った医療事故は、改正医療法(2015年4月施行)に定められた医療事故調査制度に従って届出が義務化されました。
それに伴い、予期せぬ死亡の「予期」とは何か、が問題になりました。
かつて外科に所属していた私の周囲には、手術前の説明で「合併症による死亡もあり得る」の一文があれば予期していたことになるので、どんな術後死亡であっても届出の義務はない、と主張する人がいました。
何事も最悪のシナリオを考えておくことは大切です。ですから、「死亡もあり得る」と説明しておくことも必要です。しかし、だからと言って、全て予期していた死亡だと片付けてよいわけがありません。
厚労省のホームページに「医療事故調査制度に関するQ&A」*というコーナーがあります。
*https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000086545.html
そこに次のようなQ&Aが載っています。
Q4.「死亡する可能性がある」ということのみ説明や記録がされていた場合は、予期したことになるのでしょうか?
A4.医療法施行規則第1条の10の2第1項第1号の患者又はその家族への説明や同項第2号の記録については、当該患者個人の臨床経過を踏まえ、当該患者に関して死亡又は死産が予期されることを説明していただくことになります。したがって、個人の病状等を踏まえない、「高齢のため何が起こるかわかりません」、「一定の確率で死産は発生しています」といった一般的な死亡可能性についてのみの説明又は記録は該当しません。
日本医療安全調査機構は「医療事故の再発防止に向けた提言」を発表しています。2017年3月から今年3月まで提言書は16冊に上ります。
どのようなときにどのような医療事故が起きるのか、それを防ぐにはどうしたらよいのか、が詳しく述べられています。こうした報告書は医療者向けではありますが、一般の人も読んでおくのがよいと私は考えます。医療事故の背景と防止策は、医療者だけでなく患者側も知っておくべきだと思うからです(2022/5/6ブログ参照)。
直近の第16号は「頸部手術に起因した気道閉塞に係る死亡事例の分析」でした。甲状腺手術、頸部リンパ節手術、頚椎手術の術後に喉頭浮腫が起こり窒息で死亡した例の調査がまとめられています。
首の手術でこうした合併症があることを患者やその家族がもし予め知っていたならば、関係医療者に注意を与えることができるはずです。医療の当事者もさらに注意して事故防止に取り組むはずです。
全員参加の医療、全員参加の医療安全はこうしたことの積み重ねから生まれていくと信じています。
「医療事故防止に向けた提言 第16号」は2022年3月の発行です。巻頭に日本医療安全調査機構の髙久史麿理事長が「公表にあたって」という文章を寄せています。
「対象事例は、医療事故調査制度において報告された10事例となります。頸部手術においては、死亡に至る事態が発生することが稀であるものの、その重大性に鑑み、今回の提言をまとめました。」
奇しくも高久理事長は2022年3月24日に91歳で御逝去されました。
「提言 第16号」の巻頭言は髙久先生の最後の言葉であったように思います。事務方が事務的に書き上げたのかもしれませんが、公式に残る髙久先生の最後のメッセージです。これから手術を受ける全ての患者・家族の皆様もぜひ知っておいていただきたいと切に願います。