言葉は、ときに人を傷つけ、ときに死に追いやります。
「ことばは、言の刃とも書くのですよ」。
昔、ある患者さんに言われました。
医療者の何気ない言葉に傷ついた、と言うのです。
根治的な治療がもはやなくなったとき、慰めの言葉として「でも頑張りましょう」と言ってしまったことがあります。うつむいたまま「どう頑張ればいいの・・・」と呟かれた言葉が忘れられません。
診療科や組織の責任者になってから、医療者の言葉に傷ついたという声を多く聞きました。例えば、外来医師から「何しに来たの」と言われた、というのが1つです。お年寄りはうまく症状を伝えられません。話が逸れがちです。独りでの受診だと要領を得ないことが多々あります。そのとき、医師はつい「何しに来たの」と聞いてしまいます。あとで家族が本人からその話を聞き、抗議してきます。「何しに来た、とは何事か」と。
言葉で傷つけないようにするには、思いやりが必要となります。医療者が各自、気をつけなければならないことです。同時に、お互いに気づき合わせることも大切です。
静岡県立静岡がんセンターは「がん体験者の悩みQ&A」のなかで「医療者とのコミュニケーション」について多くの事例を載せています*。
*https://www.scchr.jp/cancerqa/jyogen_3900281.html
(40歳代、乳がんの女性の悩み)「医療現場で患者への対応が患者の立場に立ったものではないということ。不安や悩みを相談しようとしてもためらうような雰囲気があり、たとえ思い切って訴えたとしても、心ない言葉や態度に何度傷つけられたか知れない。具体的には再発、転移をあくびしながら告知されたり、質問に答えてもらえなかったりした。検査結果の説明がないことが度々あった。また何を訴えても「ガンバッテネ」という返事しかない。しかしそれでも主治医を頼らざるを得ない状況であることが苦しかった」。
この悩みに対して、病院の回答は以下のようでした。
「医師や看護師など病院のスタッフから言われたことに対し、傷ついたり、つらいと思う経験をされたりしたら、その場でその思いをはっきり伝えることが一番よいと思います。
その場で話しにくいようであれば、看護師長等に話したり、病院に意見としておっしゃっていただいてもよいと思います。
また、最近では、ご意見箱などを設置している病院も増えています。ただ、ご意見箱の場合、匿名も可能ですが漠然とした対象になり、本人にうまく伝わらないときもあります。
医療者が無意識に言っている言葉や態度が、患者さんにとってはつらいこともあります。残念ながら、当事者は患者さんがそういう思いをしたということを、言わなければ気づかないことがあります。もちろんお互いの誤解という場合もあります。ただ、そのままにしていると、誤解かどうかもわからないままになってしまう場合もあるのです。
あなたのサポーターは医師1人ではありません。他の医療スタッフのなかにも、あなたのこと、あなたの病気や治療のことをよく知っている人がいると思います。外来の看護師、薬剤師などに相談することで、疑問が解決する場合もあります(下略)」。
言われないと分からない、気づかない、ことを病院として正直に認めています。
医療者と患者サイドとで考え方が違います。お互いコミュニケーションをとって少しでもその溝を埋めたいと思います。
個人的な経験からすると、患者さんが医療者の言葉に傷つくケースの多くは、患者さんの言い分を否定することから起こります。
例えば、せん妄にせよ幻覚にせよ、「自分の悪口を言っているのが聞こえる」と訴える患者がいるとします。ほとんどの医療者は「誰も言っていませんよ」、「誤解ですよ」、「疲れているのかな」という対応をすると思います。「でも聞こえる」と患者さんは強く主張します。「そうではない」と医療者もまた強く言うようになります。そのやり取りのちょっとした医療者の言葉に「傷つく」ということがあるようです。
では、対応はどうしたらよいでしょうか。
私の場合、「悪口が聞こえるのですね」から始め、「どこから聞こえますか」、「この人たちのどの人が言っているように聞こえますか」と一緒になって考えるようにします。「聞こえる」という「事実」をまず受け止めるのが大切のように思います。その上で「なぜ聞こえるのだろうか」と推論していくようにします。
患者さんの声に耳を傾ける大切さは、医療者なら誰でも知っています。改めてその基本に戻るとよいように思います。
これは自戒の言葉でもあります。