先日、大宮産婦人科医会共催の大宮医師会講演会「それでもホルモン剤はお嫌いですか?」を拝聴しました。演者は東京歯科大学市川総合病院産婦人科高松潔教授。産婦人科分野ですので私の診療に直接関係がないと思いましたが、未知の世界を覗く楽しみがありました。(以下の記載は専門外の私が聞き取ったものです。誤解している部分があるかもしれません。事実関係については産婦人科の先生にお確かめください。)
産婦人科学は、周産期医療・生殖内分泌学・婦人科腫瘍学・女性医学の4分野に分かれます。この日はホルモン剤を中心とする女性医学の話でした。
ホルモン剤とは女性ホルモン薬、つまりピルのことです。しかし今、この分野の専門家はピルという言葉は使いません。OC(oral contraceptive 経口避妊薬)-LEP(low-dose estrogen and progesterone 低用量エストロゲン黄体ホルモン)、合わせてオーシーレップと呼ぶのだそうです。OCは避妊薬として、LEPは月経困難症や子宮内膜症の治療薬として使われますが、中身は同じです。
女性の生理と言えば月経。この月経は何のためにあるのか、という話から始まりました。そもそも月経のある動物はヒト・霊長類を除くと、一部のコウモリとネズミぐらいとのこと。イヌ、ネコにはありません。
月経の意義でよく言われるのは異常胚の除去だそうですが、どうもそうではないらしい。演者が言うには「炎症や酸化ストレスから子宮を保護するため」だとのこと。健全な妊娠と出産のためにあるというわけですから、出産をしなければ月経は不要だということになります。
ここ100年間の顕著な変化は、女性が一生に経験する月経の数の増加です。1900年ごろの女性は生涯150回ほどだったのが、今の女性は450回くらいと3倍多くなっています。原因は妊娠・出産の減少です。月経の回数が増えるとそれに伴って月経困難症や子宮内膜症などの婦人科疾患も増えます。疾患に繋がらなくても、女性にとって月経は色々な意味で「煩わしい」ようです。男の私にも想像できます。月経自体で、あるいは関連する病態・疾患で女性のキャリア形成に不利に働く可能性はあります。こうしたことからか8割の女性は「月経の回数を減らしたい」と考えているというデータがあります。
OC-LEPは月経の回数をコントロールできます。避妊の目的になり、女性特有の疾患の予防・治療にもなると同時に、普段の生活の質向上にも役立つ可能性があるというわけです。さらに、不妊症・骨粗鬆症・卵巣がん・産科合併症・心筋梗塞・非ホジキン病などの発症リスクを下げるというエビデンスもあるとのことです。妊孕性については、OCを中止すれば妊娠はすぐ可能になり、しかも妊孕率や児への影響に変化はないとのことです。血栓症や乳がんの増加という副作用はあるものの、OC-LEP非使用による他疾患のリスク増加、あるいはタバコの害や交通事故死に比べれば、副作用ははるかに少ないとのことでした。
ホルモン剤が安心して投与できるようになったのは、3つの進歩があったからだと演者は言います。1)エストロゲンの低用量化、2)黄体ホルモンの改良、3)投与法の改善。特に3)が私にとって目新しいことでした。
私の古い(あるいは、間違って覚えていた?)知識では、OCは21〜24日間服用して出血を4-7日間起こすというものです。要するに4週1サイクルだと思っていました。確かに以前はそうだったと演者も言います。しかし、最近は84日間、最長120日間の連続投与、あるいは、サイクルを自由に変えるフレキシブル投与が広がっているとのこと。そうなると女性のライフスタイルは大きく変わるように思います。
OCは随分前に開発されましたが、欧米では長いこと4週1サイクルだったと言います。その理由として、ローマ法王への忖度(そんたく)があったから、という話もあるそうです。神の摂理と異なるサイクルは許されないということだったようです。
ともかく目新しい内容ばかりでした。来て良かったと思いました。
聴衆は産婦人科医が圧倒的に多く、女性医師が1/3近くを占めていました。私は埼玉では産婦人科との接点がほとんどありません。知っている人はいないと思っていました。ところが、ある産婦人科の先生と思いがけず25年ぶりに再会しました。遠く離れた土地でお父様の手術を担当したときにだけお会いした先生です。記憶はかなり薄れていました。場所があまりに違っていました。ただ、上のお名前、面影、雰囲気から確信を持ちました。私から話しかけてみました。まさにその先生でした。その手術は本当に良かったのか、という疑問を四半世紀の間、持ち続けていました。迷っていた気持ちを率直にお伝えしたところ、暖かい言葉をかけていただきました。
女性医学は本当に奥深いものです。