高等学校の保健の新しい教科書に精神疾患の記載が40年ぶりに復活したという新聞報道がありました*。
* https://www.chunichi.co.jp/article/434921
*https://digital.asahi.com/articles/ASQ5J53MJQ59UTIL02V.html
40年前なぜ精神疾患の記述が消え、今なぜ復活したのでしょうか。
私自身その時代を生きてきたはずですが、記憶があまりありません。
20年ほど前、偏見・誤解を招かないようにとの配慮から精神分裂病→統合失調症、痴呆症→認知症の用語変更があったことは覚えています。しかし、教科書の記載についての経緯は分かりませんでした。
調べてみると小口芳世氏の論文が参考になりました(精神神経学雑誌 2019;121(12):941-947)。小口氏は日本の中学校・高等学校の教科書で「精神保健・精神疾患」に関する記載がどのようになされてきたかを総括しています。
小口氏は、中根允文氏らの研究結果(日本社会精神医学会雑誌 2013;22(4):452-473)を引用して次のように述べています。
「1965年に入る直前までは、精神障害について理解しがたい得体の知れない病であり、子孫や社会に多大な負担を与えるおそれがあるとの記載が散見された。その後しばらくは偏見なく対応すべき疾患であると見なされ始めたが、1980年代後半からは精神疾患の呼称がほとんど記載されず、その総体的な記述は消失した。」
また、2018年3月1日付で発表された高等学校学習指導要領改訂(案)に関し次のように述べています。
「2018年5月、日本精神神経学会ほか12学会が出した「精神疾患の克服と障害支援にむけた研究推進の提言」のなかで、(中略)「『精神疾患の予防と回復』の項目が加えられ、昭和50年度の改訂以来久しぶりに精神疾患の記載が認められた」、さらに「うつ病、統合失調症、不安症、摂食障害、ギャンブル障害やインターネットゲーム障害などの行動嗜癖など、若年において好発する精神疾患を中心に、公教育を通じたリテラシーの拡大が期待されている」とあり、具体的な精神疾患の記述に言及もされている。」
まとめると、「旧弊に囚われた精神障害の記載が偏見を生む」という指摘から教科書の記述がなくなり、「まったく知らされないことによる精神障害への不安や恐怖感の発露・増強が偏見につながる」という考えから復活につながったということのようです。
今年度から新しい学習指導要領に基づく保健の教科書が高等学校で使われるようになりました(2022/5/12ブログ参照)。
大修館書店「新高等 保健体育」(2022)から「精神疾患」に関する一部を抜粋します。実際の教科書のコピーは教科書著作権協会から禁じられています。出版社が公開しているシラバスから抜粋します*。
*https://www.taishukan.co.jp/hotai/high/product/?type=textbook&id=60
新しい教科書では精神疾患として、うつ病・統合失調症・不安症・摂食障害が具体的に取り上げられています。実際の教科書では疾患の解説だけでなく、多くの内容を含んでいます。
「高校生が命を失う原因の1位は自殺」というコラムがあります。若者世代の死因の1位は、日本では自殺、諸外国では事故だというのです。
偏見や差別はスティグマと呼ばれ、スティグマを減らす取り組みはアンチスティグマ活動と呼ばれます。教科書では、その詳細を述べ、精神疾患をもつ当事者や家族を支援する共生社会のあり方を考えてみよう、という提言が載せられています。
こうした知識は高校生だけでなく、大人も、さらに言えばわれわれ医療者もあらためて学ぶべきことのように思います。