小さな喜び

半年ほど前、ある病院の院長に電話をかけました。用件が終わって切ろうとしたときこう言われました。
「ところで、うちに転院されたあの患者さんだけど・・・」。
私の知らないことでした。
「えっ、知らないんですか?!」。
たいへん驚かれました。
話を伺うと、確かに院長の私が知っておくべきことのようでした。
あらためてご返事すると約束しました。

院長が院内の全てを把握することはできません。細かなことを逐一報告されても困ります。一方で、「大切なこと」が漏れてもいけません。
肝心なことをどう把握するか。

「〇〇の場合は必ず報告書を提出する」というルーチンを作っておくのが有効です。
1つは、インシデント・アクシデント報告書。大きな事故に繋がらないよう些細な事例も漏れなく上がってきます。膨大な数ですが、経緯と原因、改善点などを報告者が誠意を持って記載しています。おのずと丁寧に読んでいくことになります。
もう1つは死亡報告書。どのような病気だったか、診療に問題はなかったか、予期していたか、ご家族の動揺はあったか、何人のご家族が看取ったか、などの項目を記入する書類です。院長は必ず目を通します。1人わずか1枚のまとめですが、いろいろなことが読み取れます。

「転院患者報告書も必要ではないか」。
医療安全管理委員会の席で提案しました。先の病院長の指摘を受けてのことです。
早速、看護部が専用用紙を作成してくれました。
毎月の転院数はそれほど多くはありません。当院の診療レベルを超える緊急的・準緊急的なケースがほとんどです。転院に至る報告書を読むと、なぜそうなったのか、引き受け先はどこか、などの情報が書かれています。診療に関わった主治医・看護師の努力や苦労がわかり、受けてくださった相手施設への感謝の思いが湧いてきます。

昨日、「転院患者報告書」が久しぶりに1通届きました。日付は3月31日。読むと、私の患者でした。数週間、治療に難渋し1週間前から転院をお願いしていました。ようやく高次機能病院の受け入れが決まり、翌日、転院となりました。受けてくださった関係者にあらためて感謝すると同時に、患者さんは今どうされているか、と思いつつ確認の印鑑を押しました。
そのとき、報告した看護師の名前に目が止まりました。3月31日に職場を去った看護師でした。年度末の最後まで勤務し、最後に書いてくれたのです。

当たり前のこと、かもしれません。しかし、小さな喜びでした。