昨日は学力の国際比較を取り上げました。世界レベルで言われる学力試験の問題点を少し論じたつもりです。
今日は日本で行われている小学生と中学生の全国学力テストについてです。
全国学力テストは、ゆとり教育がもたらしたとされる学力低下の批判を受けて2007年に悉皆方式という全員受験の方法が取られるようになりました(因みに私はゆとり教育の賛同者です。ゆとり教育による学力低下というのは詭弁であって、昨日も述べたように、またこれからも述べるように、学力の定義が間違っているがための誤った見方だという立場です)。
学力テスト施行当初は、競争原理が働くとの批判から受験に消極的であった自治体がありましたが、やがて全自治体が参加するようになりました。
小学校6年生と中学校3年生の全員が国語と算数(中学では数学)のテストを年度初めの4月中旬に受けます。基本的には毎年行われ、2012年からは理科が3年に一度実施されています。英語は今年(2019年)から中学3年生に導入されました。
ご存知のかたも多いと思いますが、全国学力テストの結果を受けて自治体ごとのランキングなるものが発表され、それぞれの責任者はその結果に一喜一憂します(文部科学省はランキングを発表していません。ただし自治体ごとのデータを発表するため、それを利用してマスコミがランキングなるものを出します)。例えば「全国1位の県は〇〇県」、「本県は全国的に上位」、「国語は全国上位、算数・数学は全国以下」など、毎年マスコミで報道されると同時に、各自治体の教育委員会でも必ず話題になります。ランキングが低いと、自治体の首長(知事、市町村長)は「学校ごとの成績を公表せよ」とか、「成績の悪い学校の教員給与を削減するぞ」などと迫ってきます。驚くばかりです。
私は、ある地方都市の教育委員を数年務めたとき、その馬鹿らしさをなじり続けました。
そもそも学力テストはなぜ小学6年生と中学3年生の学年の初めに行われるのか。それは、小学校の最終学年、および中学校(義務教育)の最終学年の最初に、その児童・生徒の学習の問題点を探るためです。卒業までの残り1年弱の間に習得すべき学力を補充・補強するのが狙いのはずです。例えば小学生なら割り算が弱い、中学生なら分数が弱い、と分かれば、個々に徹底して指導し、半年後に中学に行かせる、中学から出すというのに使うのです。したがって結果は夏にはださなければなりません。学力テストについての文部科学省の基本的姿勢はこれです。
ところが、ランキングなるものでしか学力テストは現在使われていません。本当に残念なことです。私は何度も教育委員会の場で「学力テストの結果は個々の児童・生徒の個人指導に使われているのか?」と問い糺しましたが、答は常に否でした。
しかも、学力テストのランキングにそもそも重大な欠陥があることを誰も指摘しません。
欠陥は何か。
今年(2019年度、公立学校のみ)の小学校国語の成績分布(正答数分布グラフ)を見てください(図1、全国と比較した茨城県の例を出していますが他意はありません)。文部科学省のホームページに問題と正答が載っていますので興味のある方はまずは問題を解いてみてください。問題自体に問題があるかなと思うかもしれません。ともかくその成績が図1です。前述したように学力テストの本来の意味は、個人の学習到達度を調べることです。入学試験のような競争試験とは異なるのです。したがって、本来であれば全問ないしほぼ全問正解であって欲しいのです。ところが、14問中11-12問正解を最多数として0点もいる群に向かってなだらかに少なくなる点数分布が広がっています。
中学の算数(公立学校のみ)になるとそれが顕著になります(図2)。16問中14問正解が最多群ですが、0点群に向かって極めて緩やかに下がっていくのです。50点未満は32.5%、実に3人に1人は本来知っておくべき中学2年生までの数学の知識が半分〜1/4以下しかないことを意味します。ここから得られる結論は、例えば、教え方が悪い、あるいは、中学の数学のあり方そのものに問題がある、などの指摘があっても良いと思うのですが、そうした話は一切聞こえてきません。
欠陥というのは、この成績分布に「平均点」を出していることです。平均点というのは、数学を勉強したことが一度でもあれば分かることですが、左右対称の正規分布に対してのみ用いられる評価方法です。正規分布とはおよそ異なる分布のグループ同士を「平均点」で比較することは、言語道断、はっきり言えば、学力がお粗末なことを意味します。図示したのを見ると分かりますが、文部科学省は中央値(これで比較するのが正しいと思います)を示しているものの、同時に平均値も示しているのです。文部科学省自体、数学の学力がないことを表しています。
ましてや「平均値」のコンマ以下2桁まで出してランキングを競うなど許されないことです。
これを教育委員会で毎年なじってきたのです。教育委員会では、「趣旨は分かるのですが、文科省が・・・」という問答が繰り返されていました。
もう1つ重大な事実が浮かび上がります。文部科学省は学力テストの受験者数を発表しています。公立学校以外を含めた資料によると、2019年度の小学6年生の国語の全受験者数は約104万人、同年度の中学3年生の算数の全受験者数は約97万人です。不思議に思いませんか。年々少子化になっているのに、中学3年生の受験者数が同時期の小学6年生より約7万人少ないのです。お分かりだと思います。不登校児童・生徒の問題があるのです。
私が総務省出典の出生数から調べたところ、生誕年と年度(学年)の違いは若干あるものの、学力テストを今年「受けなかった」小学6年生は約6万人(5.5%)、中学3年生は約13万人(12%)に上ります。
学力テストの中央値は多分、全国ほとんど変わらないはずです。ところが「平均値」という不適切な指標が入ると、0点~20点くらいの成績しか取れない児童・生徒は受けないほうが、その学校、その自治体の「平均値」は上がるのです。それによってランキングが上がるのです。
「不登校児童・生徒は無理して受けさせない」、「成績が悪い子は欠席して欲しい」、それを願う教育者がひょっとしているのでは・・・。そんな疑念も出てきます。
さらにもう1つ。受験テクニックを覚えれば点数が上がるのは自明です。ランキングがこれほど過熱すると、成績中位〜上位者を特訓すれば「平均値」は当然上がります。中央値も上がるような気がします。ヨコシマな考えが教育責任者に生じないとも限りません。競争が狂騒を生むのです。
今、大学共通試験の記述式問題で世間は大騒ぎです。自己採点ができない、採点の統一性が保てない、大学生のアルバイトで採点される、事前に漏れる、などの問題が指摘されています。民間の英語試験活用も土壇場でお釈迦になりました。
ところが小学生・中学生の学力テストはとっくに民間に委ねられています。しかも、とっくに記述式が採用されています。2007年の全国学力テスト開始当初、ずさんな採点が問題になりました。しかし10年過ぎるとマスコミも騒ぎません。
今年(2019年度)の小学生・中学生全国学力テストはどの会社が落札したかご存知でしょうか。
小学生用は教育測定研究所(JIEM)、中学生用は内田洋行(UCHIDA)です。文部科学省のホームページに載っています(図3)。しかも落札価格まで出ています。小学生用は約18億円、中学生用は約30億円です。教員の労働時間が問題になるほど教員は多忙です。学校の教員が採点するわけがありません。採点は落札した民間会社が行います。小学生、中学生それぞれ100万人前後の採点です。全国学力テストは4月中旬に一斉に行われ、7月下旬には結果が公表されます。100万人の採点を2か月という短期間に行うのです。
誰がどのように採点するのでしょうか。
大学入試でも言われているようにバイトです。落札が決まるとそれぞれの民間会社は採点バイトを急募します。今年出たインターネット広告でお示しします(図4)。「6週間の短期アルバイト」というのは全国学力テストの採点を意味します。「主婦でもできる」、「未経験OK」と謳われています。UCHIDAは「中学生」・「短期」・「大量募集」と正直に書いています。
学力テストとは何か。
皆さんももう一度原点に戻って考えてください。