救急室での出来事

先日のことです。
午後7時過ぎ、帰宅しようと思って救急室の前に差しかかると、大勢の人が慌ただしく動いていました。医師3名、外来看護師、師長、事務職員、救急隊員などでごった返していました。
「どうしたの?」
聞けばこうでした。夕方、腹痛の患者が当院外来に来院されました。身体所見とエックス線検査で急性腹症、しかも緊急手術になる可能性の高い疾患だとわかりました。コロナの抗原検査は陰性。当院では夜間・休日の緊急手術ができません。そのため担当の医師は午後5時ごろから近隣の三次救急病院に受け入れを要請しました。1つの病院が受けてくれました。救急搬送の要請をかけ救急車が転送のために到着しました。患者を救急車内に移したのち救急隊員が患者のバイタル(血圧、体温、脈拍数)を調べると、先ほどまで37.0℃だった体温が37.5℃になっていました。そのことを受け入れ予定の病院に伝えたところ、「受け入れ不可」となりました。それから2時間、救急隊員だけでなく、担当医師とその同僚、医療連携室職員らが片端から電話をかけまくり、搬送先を探しました。2時間が過ぎようとしていました。そこに、ひょっこり私が現れたということです。

「院長の一言で決まりませんか?」
看護師が声をかけてきました。
思いつく提案をしましたが、既にことごとく試みたとのこと。
「X病院はどうか?!」
誰かが大きな声で言いました。
すると、即座に救急隊員が答えました。
「あそこはダメです。『何を考えているのだ!』と怒られるのです。無駄です」。
そんなことを言う医師がいるのか。

救急隊員は圏域を遥かに超えた病院に電話をかけ続けていました。
「ダメでした」。
呟きながら次の病院に電話をしていきます。

これは何なのだろうか?
37.5℃はそれほどの異常だというのだろうか?
この疾患なら熱は出るだろうに。
コロナが怖い?抗原検査は当てにならない?
最悪を想定した緊急処置、緊急手術はできないのか?
そもそもコロナ禍でベッドがないのか?

救急隊員が相当離れたS大学病院にお願いしたところ、「これから緊急の腹膜炎手術があるのでごめんなさい」との返事だと残念そうに言いました。
私にも緊急の腹膜炎手術の現場が思い浮かびます。
そう、現場は大変なんだよ、分かる。

ふと我にかえり、「患者さんはどこにいるの?」。
間の抜けた質問でした。
「救急車の中です。バイタルは安定しています」。
小気味よい返事がすぐに届きました。

個人的なツテに頼ろうかと携帯の電話帳をスクロールしていると、突然、「D大学病院が受けてくれました!」。
大きな声が響き渡りました。
救急室は安堵の表情で溢れました。
それから先はいつもの風景となりました。