中国・武漢市から始まった新型コロナウィルス肺炎の死者数が、2003年のSARSコロナウィルス(SARS-CoV)による肺炎の死者数を上回ったとのことです。SARSのときは大学病院におり、国内流行への対応策を感染委員会が中心になって作成した覚えがあります。防護服を着て搬送用のアイソレーターに患者を収容する訓練も行いました。しかし、大流行になったときはアイソレーターが数台では足りないのは明らかで、そのときはどうするのだ、という議論はあったものの、お手上げだよね、で終わりました。幸い、日本での流行に至らず終息しました。
2009年の新型インフルエンザウィルス(A/H1N1pdm09)の流行では、日本は水際作戦を取ったもののあっという間に国内侵入を許しました。当時私は県立病院の院長と看護学校の学校長を兼務していましたが、水際作戦の真っ最中に自分の学校の看護学生複数名が同時に罹患してしまいました。空港から離れた地方都市で簡単に感染してしまったことに衝撃を受けましたが、SARSほど致死率は高くなく通常の季節性インフルエンザとほぼ同様に考えればよいとやがてわかり、安堵したものです。同時に、水際作戦というのはグローバル社会にあってはほぼ不可能だと思い知らされました。
さて今回の新型コロナウィルス(2019-nCoV)感染・肺炎。やはり無視できない病気のようです。一番驚いたのは、中国が大都会の武漢市を閉鎖したこと、中国からの国外への団体旅行を全て禁止したことです。インフルエンザなど感染症の集団発生を阻止するには、学級閉鎖などの徹底した隔離策です。中国が国レベルで徹底した隔離策を実行したのは正解のように思えます。それだけ強い権力を持っているから、とも言えるし、世界の医療のリーダーになりつつあるから、とも言えそうです。2019-nCoVの診断薬を全世界に直ちに配布したのも中国の優れた医療技術を示しているように思えます。
2019-nCoV感染対策で日本の水際作戦が今のところ奏功しているのも、中国の大胆な政策があったからのように思えます。
2020年1月31日のNew England Journal of Medicineに「新型コロナウィルス感染症:アメリカ合衆国の第1例」(First Case of 2019 Novel Coronavirus in the United States)が発表されました。
スペースの都合で要点を挙げます。
1)35歳男性。家族に会うため武漢に立ち寄り1月15日ワシントンDCに帰還。
2)1月16日から咳と熱っぽさを感じ1月19日救急クリニックを受診。
3)受診時、37.2℃、血圧134/87、呼吸数16回/分、酸素飽和度96%。聴診ではロンカイを聴取。胸部XPは正常。インフルエンザA・B、パラインフルエンザ、RSウィルス、ライノウィルス、アデノウィルス、コロナウィルス4種はいずれも陰性。
4)武漢渡航歴からアメリカ疾病予防管理センター(CDC)に連絡し、患者の血清検体と鼻咽頭・中咽頭スワブ検体を採取。
5)患者は自宅隔離として帰宅させた。
6)1月20日CDCは鼻咽頭・中咽頭スワブ検体から2019-nCoV陽性を確認。血清検体は陰性だった。患者を病院の空気感染隔離室に収容。
7)入院時、乾性咳嗽は持続し、2日前から嘔気・嘔吐が出現していた。生食2L/日の輸液と制吐薬による治療を開始。
8)入院2日目、下痢が出現。のちに便検体から2019-nCoV陽性を確認。血清は依然として陰性。
9)対症療法として鎮痛解熱薬(アセトアミノフェン、イブプロフェン)と鎮咳去痰薬(グアイフェネシン)を投与。
10)入院3−5日目のデータは白血球減少(3120-3300)、軽度血小板減少(12.2-13.2万)、AST(37-77)、ALT(68-105)。胸部XPは異常なし。
11)入院5日目、room airで酸素飽和度が90%以下となりネーザル2L/分で酸素投与開始。
12)病院関連感染を危惧して抗生物質のバンコマイシンとセフェピムを静注投与。
13)入院6日目、胸部XPで非定型肺炎に一致する肺底部の線状陰影出現。発熱継続と多数部位からの2019-nCoVの検出という事態に至り、抗ウィルス薬投与を決断。
14)入院7日目の夕方、新規核酸アナログ製剤であるremdesivir(エボラ出血熱・MERSの治療薬として開発中)を投与。バンコマイシンとセフェピムは投与中止。
15)入院8日目、咳嗽は持続するも患者の全身状態および呼吸状態は改善し、酸素投与中止。発熱なし。1月30日現在、入院中。
細かな医療情報は原典に当たっていただきたいと思います。
私が注目したのがいくつかあります。
1,風邪症状で救急を受診した患者への検査の多様性。
2.CTを撮影しない。
3.補液は生食。
4.病院関連感染を考慮した抗生物質はバンコマイシンとセフェピム。
5.抗ウィルス薬奏功の可能性。
なお新型コロナウィルス肺炎のCT像は中国からすでに多く発表されています。淡いスリガラス状の陰影が肺野の末梢に多発してみられるようです。放射線読影専門医によるとウィルス性肺炎ではだいたいそうみえるとのことです。
よく言われるようになりましたが、症状の軽い時期でもウィルスが検体中に陽性になること、発症数日後に状態が急に悪化することがあることも注目したほうがよいかもしれません。
専門外のテーマですので、誤った所見・解釈があるかもしれません。ご容赦ください。
いずれにしても、1つの病気に全世界が一致団結して取り組む様子をほぼリアルタイムに感じることができました。対応に当たられている行政、保健医療機関の担当者に敬意と謝意を表します。