先週、「最新の白内障・老眼手術」の講演会が大宮医師会でありました。
眼科医の仲間うちの講演会のようですが、この日は、一般医家向けでした。演者はクイーンズ・アイ・クリニック院長、みなとみらいアイクリニック主任執刀医の荒井宏幸先生。
眼科の講義は学生時代以来半世紀ぶりでした。
白内障は私の先輩・同輩のかなり多くが患い、手術を受けています。私の黒目も濁り始めています。老眼は避けようもありません。
「最新の白内障・老眼手術」。魅惑的なタイトルでした。総合診療医を目指すものとして眼疾患の勉強は必須です。と同時に、我がごととして興味がありました。自分のため、というのは後ろめいたので、あくまでも患者のためと思って講演会に臨みました。
会場に赴くと、多くの一般会員が来場していました。私と同じように、自分の眼がそろそろ気になっている先生がたが多い印象でした。
理由は何であれ、新しい知識を得ることは重要です。面白いものです。
(以下の情報は専門外の筆者が聞き取った内容ですので、誤りがあるかもしれません。その場合の責任は筆者にあり、演者にはありません。)
最新の白内障手術は驚きの連続でした。
まず、保険診療と自由診療の違い。白内障手術で使う人工レンズには単焦点と多焦点とがあります。公的保険が適応になるのは単焦点のみです。単焦点は、近くか遠くかのどちらかに焦点を合わせる人工レンズです。近くをみることが多い人は近いところに合わせる人工レンズ、遠くを見ることが多い人は遠くに焦点が合う人工レンズを選びます。いずれの場合も、手術のあとメガネは必要になります。近焦点レンズには遠くを見るメガネ、遠焦点レンズには近くを見るメガネが手放せません。自己負担は1眼あたり数万円とのことです。
一方、多焦点レンズは公的保険が効かず1眼あたり50〜80数万円支払わなければなりません(後述するように、先進医療給付の民間保険に入っている場合は、あとで自己負担分のほとんどが戻ってきます)。多焦点レンズというのは、近距離用と遠距離用の2つのレンズ、あるいは中距離用のレンズを加えて3つのレンズが組み合わされたものです。多焦点レンズだと術後、メガネが不要になることもあります。しかしデメリットもあります。多焦点レンズは暗いときの見にくさ、夜間のライトの滲みなどの問題があるほかに、脳が慣れるのに数ヶ月かかることがあるということです。
多焦点レンズには多くの種類、形があります。また、先進医療として認められているものから、そうでないものまで色々です。先進医療で認められているものは1眼50数万円ですが、先進医療保険特約という民間保険に入っているとあとで償還されます。したがって自己負担は実質ほとんどありません。先進医療保険特約の保険料は月1000円未満のようですから断然お得です。
一方、先進医療になっていない多焦点レンズ(1眼あたり80数万円、全て自己負担)は最新であり「高機能」を誇っています(図1、みなとみらいアイクリニックのパンフレットから)。もちろん、公的保険は使えません。例えば、「レンズの表面が独自のなめらかな形状による回折構造になっており、光のロスが他のレンズより少ないため、夜間の光のにじみやまぶしさが抑えられることが期待されます」( Acriva Trinova、オランダ製)、「中心に1.36mmの穴が空いた黒いリングが、レンズ光学部中央に入っています。単焦点ですが、遠方が見やすいようにレンズ度数を合わせた場合でも、黒いリングによるピンホール効果によって焦点深度が深まり、中間と近方も見やすくなります。夜間の光のにじみやまぶしさは、回折型・屈折型に比べて少ないと言われています」(IC-8、アメリカ製)。
今回の講演で何よりも驚いたのは、レーザー技術の進歩です。私の知る白内障手術は、ダイヤモンドメスで角膜を小さく切り、その角膜切開部から破砕装置を眼内に挿入、濁った水晶体をプレチョッパーで割ったあと超音波で粉砕・吸引し、眼内レンズを挿入する、というものでした。しかし最新手術では、超音波粉砕は使いません。超音波は角膜内面の上皮を損傷するのだそうです。代わって、レーザー照射で熱損傷も振動損傷もなく水晶体を数十〜数百個の微小サイコロ状に切り刻んでしまいます。全ての操作は自動かつ迅速です。しかもレーザーでサイコロ細切すると同時に角膜切開も行います。昔ながらのメスと異なり、角膜切開はクランク状に切開するのです。クランク状の角膜切開部は、ダイヤモンドナイフ切開部よりさらに簡単・確実に閉鎖することができます。
単焦点にせよ、多焦点にせよ、人工レンズの挿入はただ置いてくればよい、というものではないそうです。乱視などがあると眼球の形状は「いびつ」です。その場合、人工レンズの角度(方向)が問題になります。最新の手術では、眼球の状態を手術中に再度測定して最適のレンズの種類が自動的に提示されます。また、レンズの角度はコンピュータが計測し、Alcon社製の場合、その情報がインターネットを介してアメリカにリアルタイムで送られ、全世界の100万眼のデータから最適の角度が計算されて日本の手術室に送られてくるとのことです。機械の指示に従って角度を補正すると、再度、その情報がアメリカのサーバに送られ「OK」のサインが出ます。
講演会のあと、メガネをかけたM先生の感想が面白いものでした。
「自分は最近、白内障の手術を受けた。すべてお任せだった。あらかじめ色々なレンズの話を聞いてしまうと、どれにするか迷ってしまったにちがいない。自分自身は、手術の結果にたいへん満足している。最新の白内障手術を知らなくてよかったのかもしれない。」
多焦点レンズの中には先進医療の対象となるものがある、と先ほど述べました。ところが、政府(厚生労働省)の方針でまもなく多焦点レンズの先進医療がなくなると言われています。4月以降、混合診療(選定医療)となり、診療そのものは公的保険が使えてもレンズ代は全て自己負担になるというのです(民間保険の先進医療特約によるキャッシュバックがなくなります)。
一昨日の全国紙にこのニュースが載っていました(図2、朝日新聞2020年1月15日付より)。実は、先週の講演でも演者の先生はそのことを話していました。「まもなく先進医療ではなくなる」という噂は既に広まっており、「3月末までに先進医療で多焦点レンズを入れて欲しい」という申込が全国の眼科医に殺到しているとのことでした。
前述のM先生の話を参考にすると、どのようなレンズでも、公的保険の効く単焦点であっても、さほどの違いはない、と私には思えるのですが・・・。