本家アメリカのCDC(疾病対策センター)は新型コロナ対応で十分な働きをしたか。必ずしもそうではないように思えます。
そもそもCDCは一般市民の感染予防でのマスクの効能を当初否定していました。新型コロナ流行の最初期、マスク愛用者の私はこのCDCの考え方に反対しました(2020/2/10ブログ)。
アメリカのCDCはその後、方針を一転し、マスク着用とソーシャルディスタンスを推奨しました。「日本人のマスク好きは世界のもの笑い」と言われていたのに、その日本をお手本にしました。ソーシャルディスタンスも日本の「三密回避」に習ったのではないかと思えました。
人口100万人当たりの新型コロナウイルス感染症の累積死者数を見ると(2022/3/15時点)、アメリカ2093.1人、日本139.7人です*。アメリカが日本より15倍も多いのです。
*https://web.sapmed.ac.jp/canmol/coronavirus/death.html
本家CDCは何をしていたのでしょうか。
私の病院の回復期病棟に図書室があります。正確に言うと、図書室がありました。その部屋は今、カンファレンスや看護学生の休憩室に使われています。それでも昔は図書室だったという名残があります。書架にわずかながら医学書が並んでいます。そのうちの1冊がハリソン内科学書です。しかも原著、すなわち英語版です(図1)。隣に日本の朝倉内科学書(1991年発行)が並んでいました。
このハリソン内科学書は1994年発行の第13版です。表紙に編集者の名前が並んでいます。注目は「Fauci」です。アメリカのアレルギー学・感染症学の泰斗アンソニー・ファウチ先生です。調べてみると、Fauciの名前は、1987年のハリソン第11版から2022年1月発刊のハリソン最新版(第21版)まで毎回表紙に載っています。35年間アメリカの医学界の第一線に身を置いていることになります。
隣の朝倉内科学書の編集者である「上田英雄・竹内重五郎・杉本恒明」の3人の名前と顔を知っているのは私の世代より上だろうと思います。今の朝倉内科学書(最新版2022年3月発刊)に3人の名前はありません。ファウチ先生の「偉業」が分かります。
ファウチ先生はアカデミアだけで活躍してきたわけではありません。ホワイトハウスの主席医療アドバイザーとして7人の大統領(レーガンからバイデン)に仕えました。ご苦労もあったようです。トランプ前大統領のとき、#FireFauci(ファウチを首にしろ)というハッシュタグがネット上に広がり、前大統領との確執が話題になりました。
なぜ不興を買ったのか。新型コロナの蔓延がいよいよ阻止困難となったとき、ファウチ先生はCDCの勧告に従ってマスク着用とソーシャルディスタンスを強調したからです。アメリカの分断はその後も尾を引いています。
本家CDCは国の分断をなぜ防げなかったのか。何をすべきだったのか。疑問は尽きません。
新型コロナという未曾有の事態では、感染症対策先進国のアメリカも、後進国の日本も、結局、右往左往したという点で大きな違いはなかったように思います。
おまけの話を1つ。5日前の6/15、ファウチ先生が新型コロナに罹患したというニュースが世界に流れました**。
**https://www.npr.org/2022/06/15/1105291394/anthony-fauci-tests-positive-for-covid-19
どれほどの専門家であっても、それが感染症の専門家であっても、感染症に罹患するのはやむを得ません。
私は毎月の朝礼で、職員に「新型コロナに気をつけましょう」と呼びかけています。しかし、「院長の私がかかりました、なんてことがあり得ますので、その時は責めないでください」と予防線を張るようにしています。
罹患しないよう細心の注意を払う、しかし罹患した人を責めない。そういうメッセージです。
ファウチ先生の症状は幸い軽症とのことです。それでも抗ウイルス薬のパキロビッドを服用したとニュースは伝えています。
その前日の6/14、重症化の中等度リスク患者へのパキロビッドの有効性についてメーカーのファイザーがデータを公表しました***。
***https://www.pfizer.com/news/press-release/press-release-detail/pfizer-reports-additional-data-paxlovidtm-supporting
プライマリーエンドポイント(研究の主目的)に置いた「症状軽快」は有意差なし、でした。つまり、症状軽快の効果があったとは言えない、とのことでした。ただし、セカンダリーエンドポイント(研究の副目的)の「入院+死亡」の割合は7割ないし5割減らしたとされます。実数で見ると7割減とは3/428 vs 10/426、5割減とは5/576 vs 10/569。統計学的な有意差には至らないが減少の傾向があった、ということです。
新たな疾病への対策は頭で考えるほど一筋縄にはいきません。医学部教育と国民教育の両方で地道にいくほかないように思います。
ハリソン内科学 第13版(1994年発行)。左隣は朝倉内科学(1991年発行)。
右上はアンソニー・ファウチ先生の当時の肩書。右下は当院の旧称「七里病院」の蔵書印。