父・亮二の学位論文「人体ニ於ケル抗腸チフス菌経皮免疫ノ研究」は1940(昭和15)年9月1日発行の日本外科宝函第17巻第5号1236-1258頁に掲載されました。
筆者なりの解釈と現代風の言い換えでまとめると、結論は次のようになります。
1.18歳から20歳の見習い看護婦(15名)の右上腕皮膚に市販の腸チフス菌コクチゲン軟膏2gを塗布し、これを6日間繰り返したのち、7日目にベンチンで除去、14日目に血中のオプソニンと凝集素・溶菌素を測定した。オプソニンは経皮免疫の前に比べ平均1.84倍に増えていた。凝集素の増加は1.03倍と僅かであった。溶菌素の産生も認められたが数字上に明示することはできなかった。
2.塩酸トロパコカイン2%含有の腸チフス菌コクチゲン軟膏を上記と同様の方法で別の見習い看護婦(4名)に6日間塗布し、14日目に血中のオプソニンと凝集素・溶菌素を測定した。その結果、オプソニン、凝集素、溶菌素の増加はいずれも証明されなかった。免疫元軟膏にコカインを混入すると免疫元は食細胞内摂取・皮下吸収が阻害されることは家兎における先人の実験結果と一致する。
3.経皮免疫なしの対照者(11名の見習い看護婦)に伝研製の腸チフス菌ワクチン0.5gを左上腕に皮下注射してその7日目に血中のオプソニンと凝集素を測ったところ、皮下注射前に比べオプソニンは平均2.08倍、凝集素は平均1.026倍増えていた。経皮免疫の前処置を行なって2ヶ月経った12名(実験1の15名から任意に選出)でも腸チフス菌ワクチン0.5g皮下注射7日目に同様の測定を行なった。腸チフス菌ワクチン皮下注射の前後で比べるとオプソニンは平均2.84倍、凝集素は平均2.73倍の増加がみられた。溶菌素については、対照者と経皮免疫前処置者とを1名ずつ組み合わせ、8組で比較したところ、前処置群の方が増加する傾向がみられたが数値化することはできなかった。
経皮免疫では皮下注射免疫のようにすぐに(1週間後に)多量の抗体ができることはないものの、経皮免疫の2ヶ月後には菌(ワクチン)の侵入に対し抗体が動員された。
4.免疫処置を施さない対照者でも腸チフス菌ワクチン注射後にオプソニンと凝集素の増加があることから、先天性の免疫があると言える。しかし経皮免疫によって先天性を大きく上回る後天性の免疫が誘導される。
5.病原菌の侵入に対する免疫反応は先天性と後天性の免疫の総和である。免疫処置の効果は、総和から先天性免疫の量を減じて論じるべきである。
6.経皮免疫の前処置を行なって4ヶ月経った9名(実験3の12名から選出)について、腸チフス菌ワクチン0.5gを皮下注射して7日目に特殊オプソニンと特殊凝集素の値を注射前後で比較した。オプソニンは2.90倍(対照群2.08倍)の増加、凝集素は2.53倍(対照群1.013倍)の増加であった。
経皮免疫の前処置のあと5ヶ月経った7名(4ヶ月後の実験には不参加)では、オプソニンは1.93倍(対照群1.95倍)の増加、凝集素は1.06倍(対照群1.14倍)の増加であった。すなわち、経皮免疫5ヶ月後では、対照群よりも血中抗体反応は減弱していた。
経皮免疫法による免疫獲得の持続は、経過とともに減弱し、5ヶ月後には全て消失、かつ先天性免疫も多少の減弱を示すことが証明された。
経皮免疫の前処置群の中に実験3の2ヶ月後と実験6の4ヶ月後の両方に参加している者がいます。実験3では腸チフス菌ワクチンを打っていますので、実験6の4ヶ月後のデータには、経皮免疫+皮下注射免疫の結果をみている例が混じっていることになります。さらに、論文全体に統計学的処理が稚拙です。それ以外にもいくつか疑問に思う箇所はあります。
それはさておき、最後の結論はなかなかの衝撃です。
ワクチンを施して数ヶ月は効果があるが、5ヶ月を過ぎるとワクチンの効果はなくなり、それどころか自然免疫まで減弱させる、と述べているからです。
現在、コロナワクチンで言われていることにも通じ、身につまされます。
そもそも、抗体価が上昇することは証明されても発症を予防する、死亡率を下げるという臨床的に重要なことが証明されている訳ではありません。この点も、ウイルス量を減らせればコロナに有効なはずだという理屈が袋叩きになった最近の話題を思い起こさせます。
論文の総括の最後の項目6をお示しします(下図)。
コクチゲンのマイナス面を最後の最後に下線まで入れて強調していることから、父のデータに不備はあっても捏造はなかったと信じるのです。