外科医になってすぐに感じたのは、外科診療に病理の知識が不可欠だということでした。
悪性(がん)なのか良性なのか、腫瘍なのか炎症なのか、がん細胞はどこまで広がっているのか、がんは完全に切除されているのか。こうした疑問の解決に外科医は手も足も出ません。
肉眼所見と顕微鏡所見とでその答えを出してくれるのは病理の先生(=病理医)です。
病理医はどこの病院にもいる訳ではありません。これは今も昔も変わりません。
病理医がいない病院で手術した場合、切除標本を病理医のいる施設に送っても、結果が出るのは数週間後です。手術の最中に、がんなのか炎症なのか、どこまでがんは広がっているのかを知りたくても、できないのです。
そこで、自分も病理を学ぼうと思ったのです。
外科医生活5年が過ぎたとき、病理を学ぶため3年半、東京都老人医療センター(現 東京都健康長寿医療センター)付属の老人総合研究所臨床病理に在籍しました。
外科医としての研究テーマは病理解剖材料を用いた膵がんリンパ節転移でしたが、同時に、脳から心臓・肺・消化器・腎尿路系に至る全身の病理を学ぶことも大きな目的でした。
各分野の専門家の指導のもとに臨床から見た病理と、病理から見た臨床とを病理解剖で学んでいきました。
例えば、生前の脳CT所見と実際の脳割面との比較、くも膜下出血の原因となったウィリス輪の動脈瘤の実見、心筋梗塞の臨床と実際の心臓割面との対比、冠動脈の動脈硬化・狭窄の程度と心筋虚血範囲との関連、房室ブロック等の刺激伝導系障害の部位を探求する心筋連続切片での所見、生前の胸部エックス線写真や胸部CTと実際の肺割面との対比などです。
私の専門の消化器疾患も含め毎週7例、年間300例、臓器を目の前にした臨床医と病理医の綿密な検討会(オルガン[肉眼臓器]コントロール、略してオルコン)が開かれていました。オルコンの1ヵ月後には顕微鏡所見を加えてさらに詳細な検討が行われました(ミクロ[顕微鏡組織]コントロール、略してミクロコン)。私の在籍した3年半、計1000例ほどのオルコンとミクロコンを体験し、勉強しました。
この経験がその後の私の総合医的な外科診療を決定づけました。さらに、病気の全てをみる総合診療への道も開いてくれました。