認知症の薬物療法

先週はウェブでの学会や講演会が毎日のように続きました。ここでは7/7夜の講演会を紹介します。

大宮医師会・内科医会主催の「認知症者の薬物療法」、演者は大阪大学大学院医学系の竹屋 泰(たけや やすし)教授でした。
認知症の新しい治療薬(抗体治療薬)については本ブログ(2021/6/10)でも紹介しましたが、今回の講演ではこの話題は出ませんでした。
代わって従来の認知症治療薬について詳細な報告がありました。

「認知機能低下の発見は意外と難しい」という話から始まりました。外来通院中の糖尿病の患者さんのうち、担当医が「認知症はない」と判断したかたを同意のもとで調べてみると、1/3はMMSE 27点以下でした(MMSE: mini-mental state examinationミニメンタルステート検査。30点満点で27点以下が認知機能低下の疑い)。27点以下のうち、さらに詳細な検査に同意されて最終的に「認知症」と診断されたのが約8割、軽度認知症(MCI)および正常認知機能とされたのがそれぞれ約1割でした。通院の患者さんを診察していても認知症だと気づく医師は少ないことを意味しています。

認知症の診断基準は専門的にはICD-10、 DSM-IV-TR、MINCDS-ADRDAなど色々ありますが、ポイントは3つだとのこと。
1)記憶障害があること
2)それ以外に次の認知障害が1つ以上あること。失語[うまく話せない]・失行[運動機能は問題ないのに運動行為ができない]・失認[感覚機能は問題ないのに認識できない]・実行障害[計画を立てる、順序立てる、抽象化することができない]。
3)認知障害により社会的・職業的機能が著しく障害されていること。
ただし、いずれも、せん妄の経過中にのみ現れるものではないという条件が付きます。
この3つを簡潔に言い換えると、
1)物忘れがある
2)それ以外にもう1つの認知障害がある
3)そのために困っている
ということになります。
最後の「困っている」は時代とともに変わると言うのです。
昔なら調べ物は辞書、お金は現金の手渡し、連絡は手紙でしたが、今はそれぞれインターネット、ATM、電子メールです。社会生活を営むために要求される水準が高まり、困ることが多くなっています。こうした時代の変化によっても認知症は増加するとのことでした。

認知症の原因疾患の診断は、採血や脳の画像診断を含めた精密検査で行われます。
今回の講演では触れられませんでしたが、認知症には「治せる認知症」があります。1つは慢性硬膜下血腫です。高齢者が頭を打ったあと数週間ないし数カ月してから認知症の症状が出てくることがあります。頭蓋内の硬膜下というスペースにジワジワと血液が貯まって血腫となり、脳を圧迫するために生じます。軽い打撲のため頭をぶつけたことを忘れていることもあります。 頭のCTを撮ればすぐ診断がつきます。脳神経外科で血腫除去の手術をしてもらうと嘘のように認知症が消えます。
もう1つは正常圧水頭症です。高齢者に多く、認知症の症状やふらつき、失禁が生じます。脳脊髄液の生成と吸収のバランスが崩れて液が脳内に貯まるために起きます。診断がつけば手術(脳室腹腔シャントなど)によって症状は改善します。他に、ビタミンB1やB12の不足(胃全摘後など)、甲状腺ホルモン低下症でも認知症の症状が出ます。頻度は少ないとは言え「治せる認知症」を見逃さないことが重要です。

認知症の大多数は残念ながら治すのが困難です。治癒困難な認知症には、アルツハイマー型認知症、レビー小体型認知症、血管性認知症、前頭側頭葉変性症などがあります。今回の講演ではアルツハイマー型認知症を取り上げ、その治療薬について概説されていました。
抗認知症薬には現在、コリンエステラーゼ阻害薬(ドネペジル[アリセプト]など)とNMDA受容体拮抗薬(メマンチン[メマリー])とがあります。認知機能低下の抑制効果に加えてコリンエステラーゼ阻害薬は「元気にする」作用、NMDA受容体拮抗薬は「穏やかにする」作用があるとのこと。こうした治療薬の使用のタイミングは認知症の軽症のうちから、つまり早くに使うことだと言います(「治療のホットゾーン」)。しかもコリンエステラーゼ阻害薬とNMDA受容体拮抗薬との併用がよいとのことでした。
認知症者は最終的には施設のお世話になることが多くあります。施設のお世話にならない非入所率を6年後で見ると、抗認知症薬を使わない群では約30%、コリンエステラーゼ阻害薬単独使用群では約60%、コリンエステラーゼ阻害薬とNMDA受容体拮抗薬との併用群では約80%だったとのことです。どの薬にも副作用がありますので、十分注意しなければなりませんが、必要量をきちんと使うことが重要だと強調されていました。

認知症の症状には中核症状と周辺症状とがあります。中核症状とは記憶障害などの認知機能障害です。その治療薬は前述の抗認知症薬です。周辺症状(BPSD behavioral and psychological symptoms of dementia;認知症の行動心理症状)とは、残存する神経機能が外界への反応として出る症状です。具体的には、易刺激性・興奮・妄想・幻覚・抑うつ・不安・徘徊などです。本来は専門の精神科医に診てもらうのがよいとしつつも、専門医の数は限られており一般の医師が何らかの対応をとらざるを得ないことが多々あります。その場合に役立つ薬物として、抑肝散・セルトラリン[ジェイゾロフト]・リスペリドン[リスパダール]を覚えておくとよい、とのことでした。

治療薬のまとめはこうでした。
①認知症の薬は、今のためではなく将来のためにある、
②認知症の薬が効くことに医師は自信を持つのがよい。

私は従来、抗認知症薬には懐疑的でした。効果そのものに疑問を持っていましたし、実際に内服されている患者さんの認知機能の改善を実感することがほとんどなかったからです。おそらくその一因は、認知症がかなり進んだ状態での投与だった、投与量が十分でなかった、からなのかもしれません。また併用療法をみる機会も少なかったように思えます。
今後、注意と関心を持ってみていこうと思いました。

講演の最後に、認知症のケアと服薬コンプライアンス(一般にきちんと服薬すること、今回は抗凝固薬の服薬)の問題について述べられていました。重要なテーマですが、紙数の関係で割愛させていただきます。