隔離解除基準は適正なのか

新型コロナウイルス感染(COVID)患者を積極的に受け入れていた当院内科病棟でクラスターが発生したことを受け、原因を考察してみました。

国の「COVID-19診療の手引き」に則り、症状軽快が3日以上続けば最短で発症10日後に隔離解除をしていました(当院では人工呼吸・ECMO管理なし)。オミクロン株対応として濃厚接触等で無症状が続けば陽性判明8日後の解除も可能とされていますが、当院ではこれは採用していません。個室は全てCOVID患者用の隔離部屋としていますので、隔離解除後の患者は大部屋に移していました。少しでも多くの急性期COVIDを受け入れるためです。ただし大部屋に陰圧装置はありません。

以前述べたように(2022/3/26ブログ)、隔離解除をした患者のいる大部屋で院内感染と思われる事例が発生しました。オミクロンBA.1とBA.2との混在のころです。「隔離が解除されてもウイルスはそれなりに咽頭や気管に残っている。オミクロンになってから、誤嚥しやすい患者、誤嚥性肺炎を起こしている患者が急増した。吸引操作の回数も圧倒的に多くなった。これが同室患者や職員への被曝に繋がったのではないか」という仮説を立てました。仮説は証明されていませんが早急の対応が必要でした。
「隔離解除後の患者は同じ大部屋に集めること、感染歴のない患者を同室させないこと、吸引操作では隔離中と同じくN-95マスク・フェースシールド等のPPEを着用すること、窓を開け換気を徹底すること」としました。これを「アフター・コロナ対応」としていました。

ところがオミクロンBA.5で遂にクラスターとなりました。
BA.5の感染力の強さが一因であることは間違いありません。内科病棟に入院中の患者さんのほとんどは重篤な基礎疾患を抱えています。抵抗力が落ちていれば感染力の強いウイルスに罹ってしまう確率は高くなります。年齢が若く体力のある職員にも感染は広がり、職員から患者にさらに感染が広がるという図式が容易に描けます。
もうひとつ再検討しなければならないと感じたのは隔離解除後のウイルス残存の問題でした。
発症10日を過ぎれば感染性のあるウイルス(=生きたウイルス)はほとんど検出されない、1ヶ月後のPCRで陽性となってもウイルスの「死骸」を見ているに過ぎない、とCOVIDの流行初期から言われてきました。今年3月、本当にそうかという疑念から前述の「アフター・コロナ対応」を取りました。痰吸引以外でも普通の療養の中で「生きた」ウイルスは残存し、周囲に感染を広げているのはないか。感染性の強いオミクロンBA.5ではこうした可能性を考えたほうがよいのではないか。そう考えるようになりました。

まず調べたのは、発症10日後ないしそれ以降の院外PCR再検でした。院外PCRは遺伝子変異の種類とともにCt値を出してくれます(以下、Ct値は定常的に検出されるN遺伝子を主に使用。Ct値の解説は2022/1/24ブログ参照)。院内PCR(NEAR法)や抗原検査では陽性であっても変異の種類やCt値は分かりません。
院外PCR再検の結果、感染性の心配がまずないとされるCt 30*近くの例もありましたが、発症10日後のほとんどはCt 20前後でした(平均23.1±SD 6.2)。なかには発症20日後でもCt 19.2という例もありました。
*第56回新型コロナウイルス感染症対策アドバイザリーボード資料3-7
https://www.mhlw.go.jp/content/10900000/000856819.pdf

実は、発症からの経過日数とCt値との関係を2022/1/21までのデータで調べたことがあります(図1、アルファ株・デルタ株・オミクロンBA.1株)。
発症前後数日のデータは発熱外来での採取材料によります。7日以降は主に入院患者でのデータです。発症10日過ぎても20前後のCt値を示す例がいくつかありました。いずれもデルタ株でした。当時、院内感染はなく、また発症20日を過ぎればCt 30前後になることから、10日過ぎのウイルスは通説に従って「死骸」だと信じていました。

オミクロンBA.5のデータを入れ、過去のデータの見直しも行って新たに図を作ってみました。院外PCRを2回提出した例ではその変化を線で結んでみました(図2)。デルタ株とオミクロンBA.1では線の傾きは比較的急ですが、オミクロンBA.5では傾きは緩い傾向があります。ほとんど水平、なかには右肩下がりもありました。

最近、Nature Newsに「How long is COVID infectious?」(COVIDの感染性はいつまで続くか)という記事が載りました*。確かなことはわかっていないが、症例によっては従来考えられていた以上に長く感染性が持続するのではないか、という結論でした。
* https://www.nature.com/articles/d41586-022-02026-x

高齢者はほとんどが重い基礎疾患を持っています。「潜在的な免疫不全」が感染を受けやすくするだけでなく、長期にわたって感染を広げることに関わっている可能性が示唆されます。
オミクロンBA.5になってから全国の多くの病院で、当院のようなクラスターが発生しています。
隔離解除はより慎重に、大部屋も陰圧室に、という対応が今後必要かもしれません。

 

図1.発症後経過日数とSARS-CoV-2 RT-PCR Ct値(主にN遺伝子)との関係(当院2021/4/19〜2022/1/21)。発症後経過日数がマイナスになっている例は、濃厚接触で無症状の時に採取したデータ(のちに発症)。青:アルファ株、赤:デルタ株、緑:オミクロンBA.1株。

 

図2.発症後経過日数とSARS-CoV-2 RT-PCR Ct値(主にN遺伝子)との関係(当院2021/4/19〜2022/8/10)。2回測定している場合は線で結んだ。青:アルファ株、赤:デルタ株、緑:オミクロンBA.1株、黄色(黒丸):オミクロンBA.5株。