私が埼玉に赴任して間もなく茨城の恩人S先生が亡くなられました。
長年お世話になった先生です。最期を看取り、深く頭を下げてお見送りをしなければならなかったのに、
それができず申し訳なく思いました。

先日、奥様から大きな絵が送られてきました。S先生がずっと大切にしていた絵だとお手紙にありました。
自分が死んだら永井に贈るよう生前話されていたとのことです。

なぜ私に、と思いつつ箱から出したとたん、息を呑みました。
鈍色の暗い空のもと、湖畔に広がる泥田の上に積もる雪。そこに枯れた蓮の茎がいくつも折れて群れています。
静寂と冬の冷気が濃縮した風景画です。作者は大正から昭和にかけて活躍した日本画家。タイトルは「雪の朝」。

なぜ私に遺品として贈られたのでしょうか。
新しい病院に来て常に血がのぼる毎日を過ごしている私に、「永井さん、少し頭を冷やしませんか」と
いつもの穏やかな笑顔で語りかけてくださっているように思えました。

そもそも先生はなぜこの絵が好きだったのでしょうか。
寒々とした冬景色を眺めているうち、気づきました。
この絵のポイントは白い雪ではあるのですが、実は、枯れて折れた蓮の群なのだと。
冷たい水や泥の中にあるのは蓮根。蓮根は冬であっても底で静かに生き続けているのです。
死んだかにみえる朝の冷たい殺伐とした景色のなかで息づく命。
そう、命だと。朝から昼へ、冬から春へ、そんなメッセージを感じとりました。

S先生、ありがとうございます。