先週土曜日(7/3)、千葉敏雄(ちば としお)先生(メディカル・イノベーション・コンソーシアム理事長・順天堂大学特任教授・前国立成育医療センター小児外科部長)の2020年シュバイツァー賞受賞記念シンポジウム「8K 超高精細画像の発展と次世代医療」がオンラインで開かれました。
千葉先生は小児外科医で、アメリカ留学中に胎児手術を研究し臨床応用されました。胎児手術とは、母体の腹壁を切開、さらに子宮の壁を切開して胎児に到達、胎児にメスを加えて病巣を切除・修復、再び胎児の傷を閉じ、羊水を補い、子宮壁を閉じ、母体の腹壁を閉じる手術です。術後は、胎児の成長を待って出産させることになります。出生後の手術ではなく、胎児のうちに手術を行うことによって、病巣の進展を防ぎ、正常な臓器・組織の成長を促すという意味があります。そのほうが安全で児にとって好ましいということです。しかし、胎児手術は母体にとっても胎児にとっても負担が大きすぎます。切開手術ではなく内視鏡手術で胎児手術ができないか、と千葉先生は考えました。そのためには従来の内視鏡では解像度が低すぎて(=画像がぼやけてしまう)、内視鏡手術に適しません。千葉先生は日本に戻ってから、NHK放送技術研究所が開発した超高精細映像技術(8K)を内視鏡に応用することを思い立ちました。8Kの解像度があれば小さな胎児の内視鏡手術に応用可能と考えられたからです。
Kはキロ=1000を意味します。テレビのハイビジョンは横×縦の画素数が1280(1K)×720、フルハイビジョンでは1920(2K)×1080だそうです。2018/4から4K・8KのBS放送が開始になりました。受信するには4K・8K対応の受信機とテレビが必要ですが、4Kの画素数は3840(4K)×2160と2Kの4倍になります。8Kだと7680(8K)×4320画素数で2Kの16倍です。視力に換算すると2Kは1.1、8Kは4.3とのこと。ライオンの写真を2Kと8Kとで比べると、遠景では違いがほとんどなくても、アップして口のヒゲを見れば、2Kはぼやけますが、8Kは1本1本がくっきり見えます。
2002年当時、8Kのテレビ放送用撮影カメラは50kgありました。これでは手術用には使えません。千葉先生の立ち上げたカイロン社、その後のエア・ウォーター・バイオデザイン社は軽量化を図り、8Kカメラの重量は2013年には5kg、2016年には450gとなりました。今回のシンポジウムの教育講演でエア・ウォーター・バイオデザイン社の山下紘正(やました ひろまさ)取締役は軽量化の課題を話されました。
画像が超高精細化すればするほど消費電力は増えます。消費電力が増えると熱が大量に生じます。小型化するほど熱発散は難しくなります。従来はファンを用いて発散していましたが、ファンは手術の環境には適しません(水や血液の浸透・汚染があるからです)。そこでファンレス冷却・排熱機構を新たに開発しました。これにより2017/9クラスI医療機械としての製品化に成功し、片手で保持可能な350gまで小型軽量化できました。さらに手振れ防止のカメラ保持ロボットの開発、高圧縮率による長時間録画と映像処理、5G+光ファイバーによる遠隔伝送など、次々と実用化の道を切り開いていきました。
こうした業績に対しオーストリアのアルベルト・シュバイツァー財団は千葉敏雄先生にシュバイツァー医学賞を授与しました。
千葉先生は日本小切開・鏡視外科学会設立理事のおひとりです。本学会の古谷健一(ふるや けんいち)代表理事(防衛医科大学校名誉教授・大学医師会長)が千葉先生の受賞をお祝いし、8K内視鏡の現状と将来を論じる記念シンポジウムを企画されました。私は本学会の名誉理事であり、千葉先生の御慶事を祝す今回の企画に賛同しました。
当日午前は、エア・ウォーター・バイオデザイン社山下紘正取締役の教育講演のあと、千葉先生の受賞記念講演「8K超高精細画像の臨床応用:その現状と今後」がありました。
何よりも強烈な印象を受けたのは、胎児手術の実写動画でした。母体の子宮壁切開孔から胎児の腕が出て、次に出てきた胎児の胸部を切開し、胎児の肺葉切除を行う場面は、私でも息を飲みました。この時の胎児の術後経過は必ずしも良好ではなかったと千葉先生は残念そうに述べておられました。8K内視鏡の開発はこうした経験によるものと思われました。
新しい技術革新の意義は何か。課題は何か。今後の展望は何か。
午後、8K内視鏡を経験した施設から発表していただく受賞記念シンポジウムが開かれました。私は本学会第34回学術集会(2022/7/1-2松山市)の会長 渡部祐司(わたなべ ゆうじ)先生(愛媛大学消化管・腫瘍外科教授・同大学附属病院副院長)と一緒に座長を務めました。その後、特別企画 座談会「先端画像技術の開発と医療への貢献」が千葉敏雄先生と妹尾堅一郎(せのお けんいちろう)先生(産学連携推進機構理事長)の司会で催されました。
シンポジウムと座談会の詳細は次回報告します。