新型コロナ感染症の診療に関わるようになって、その独特の臨床所見が徐々に分かってきました。
胸部CTでみられるコロナの肺炎は従来見慣れていた大葉性肺炎や誤嚥性肺炎とは異なる像を示します。コロナ肺炎の初期に現れる特有の所見が、すりガラス陰影です(図a)。拡大してみると、微細な顆粒の集合から成り立っていますが、遠目でみるとすりガラスにふさわしい像です。コロナ肺炎のすりガラス陰影は大小様々です。大きい陰影になると肺のかなりの部分を占めるようになります。病状の初期では肺の辺縁部、特に下方と背側に多く見られ、病状の進行とともに上方や前面にも見られるようになります。さらに肺の中央部にまで広がると重症度が上がっていきます。
すりガラス陰影はコロナ肺炎に限ってみられるわけではありません。インフルエンザ肺炎や間質性肺炎でもみられます。肺がんでも特殊なタイプではすりガラス陰影を示します。
すりガラスは英語でground-glassです(groundはgrind(研磨する)の過去分詞)。すりガラス陰影はground-glass opacity(GGO)です。小さなGGOは初期の肺がん(特に腺がん)との鑑別で問題になっていました。
現在、少なくとも新型コロナ関連では、日本での放射線診断レポートや日本語論文にground-glass opacity (GGO)の表現を見かけることはほとんどありません。ほぼ全て「すりガラス陰影」に統一されています。日本語のレポートで日本語が使われるのは当然と言えば当然です。
コロナ肺炎の CT画像でときどきみられる所見がcrazy-paving patternです(図b・c)。これは、すりガラス陰影よりも近目で観察すると分かる所見です。
私はこの用語を最近まで知りませんでした。新型コロナの放射線診断レポートや論文で初めて知りました。最初に見たとき、「crazy」が目につきました。新型コロナは確かに「狂った」感染症です。そうしたイメージを持つ用語だというのが第一印象でした。
「crazy-paving pattern」とはどういうパターンでしょうか。
コロナ肺炎の放射線診断レポートでは「すりガラス陰影はcrazy-paving appearanceパターンを伴っている」、「すりガラス陰影の中にcrazy-paving patternが見られる」などと記述されます。解説書によれは、crazy-paving patternというのは不規則な敷石状を表すとされます。「メロンの皮様所見」と解説しているのもあります*。
* http://www.jert.jp/news/covid19/files/COVID-19_CT-finding-Jan2021.pdf
「crazy-paving pattern」は肺の小葉間や小葉内の隔壁が炎症等で厚くなったときに現れるとされます。放射線診断の世界ではずいぶん前から知られていたようです。肺胞蛋白症という特殊な肺の疾患で最初に言われたとされます**。それ以外でも見られることが分かってきました。ウイルス性肺炎、細菌性肺炎、間質性肺炎、放射線肺炎、肺血管炎などの炎症性疾患ばかりでなく、肺がんでも見られるとされます。
**https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC3259383/
呼吸器を専門としない医師にもcrazy-paving patternが広く知られるようになったのは、新型コロナの蔓延からです。
元になっている「crazy-paving」とはそもそも何なのでしょうか。
「狂った舗装」ではイメージが湧きません。調べてみると、「crazy-paving」は小道や広場の舗装法の1つで、不規則な形の石(主に偏平石)を敷き詰める外構施工の方法だと分かりました(図d)。英語では普通に「crazy-paving」と呼ぶようです。「crazy」という言葉は「狂った、狂気の」という意味を私たちは思い浮かべますが、英語辞書を繙くともうひとつ「不規則な模様の、不ぞろいの」という意味があることが分かります。「crazy」は16世紀後半に動詞「craze」が形容詞になったとされます。「craze」は元々「crush(つぶす、粉砕する)、shatter(粉砕する、損なう)」と語源(スカンジナビア語)が同じで、「be crazed」という表現は現代でも、1)正気を失う、2)(陶磁器などに)ひびが入る、ことを意味します。
したがって、crazy-pavingの「crazy」は「狂った」という意味ではなく、「ひび割れた→不規則模様の、不ぞろいの」ということのようです。
では、ground-glass opacityが「すりガラス陰影」となったように、「crazy-paving pattern」に適切な日本語はないものでしょうか。
日本でも庭園や小道、アーケード街の歩道などにcrazy-pavingをみることはあります(図e)。外構施工の会社の人たちはあれを何と呼んでいるのでしょうか。
調べると簡単に分かりました。まず、crazy-pavingに使う石は「乱形石」と言うのが一般的のようです。乱形石を敷き詰めて舗装することは「乱張り(貼り)」と呼ばれます。「モザイク舗装」という言葉も見かけます。ただし、規則的な敷石もモザイクと呼ばれます。個人的には、不規則性を重視するcrazy-pavingに対しては「乱張り」がよいように思います。
放射線診断レポートに「すりガラス陰影の中に乱張りパターンがみられる」という記述を早く見たいものです。もちろん、コロナがおさまって、その記述を見かけなくなるのがベストだとは思います。
図 a. すりガラス陰影(患者の許可を得て使用)、b・c. crazy-paving pattern(患者の許可を得て使用)、d. エクステリア関係のカタログから(会社の許可を得て掲載)、e. 軽井沢・プリンスショッピングプラザにて(筆者撮影)。